小島宏「出生・家族政策の概念、理論、比較史」

第1報告 「出生・家族政策の概念、理論、比較史」

小島 宏(早稲田大学)

本報告ではまず、家族に最も関連が深い人口政策である出生政策を「一国あるいは地方の政府が人口の適正な規模と構成を達成するために、何らかの手段をもって現実の出生過程に直接間接の影響を与えようとする意図、またはそのような意図をもった行為」と定義し、その手段(施策)として共通する部分が多い、家族政策を「一国あるいは家族の福祉と機能強化のために、一単位としての家族またはその成員に対して直接間接の影響を与えようとする意図、またはそのような意図をもった行為」と定義する。政策手段で両者に共通するものは少なからずあるものの、出生政策のみに関する施策としては「避妊・中絶規制の改定」と「人口に関する情報・研究機関の設置」くらいしかないようであるが、家族政策のみに関する施策も少なからずある。
出生政策の理論枠組みのうち、出生促進政策に関するものとしてはGérard (1998)、出生抑制政策に関するものとしてはLapham and Mauldin (1985) によるものが代表的だと思われるので、それらを紹介する。また、家族政策(福祉国家の政策)の理論枠組みとして代表的なものの一つとしてEffinger (2005) の枠組みを紹介する。西欧諸国では宗教的(キリスト教的)価値観が家族政策の開始・継続の背景となっていたためか、Effingerの枠組みでは「文化システム」が大きな位置を占めている。また、Gérardの枠組みでも「文化的モデル」が社会レベルでの重要な媒介変数であるし、Lapham and Mauldinの枠組みでも「規範」が社会レベルでの重要な背景要因とされており、文化や規範と密接な関係がある宗教の影響が大きいことを窺わせる。近年の西欧各国の家族政策実施についてはマクロデータに基づく実証研究が若干あるので、それらを紹介する。合わせて、出生・家族政策の基本原則や効果についても各種の研究結果を紹介するが、明示的に宗教の影響について論じている研究はキリスト教関係機関が中心となったもの以外は少ない。
最後に、宗教の影響を中心とする出生・家族政策の比較史を論じる。まず、キリスト教圏を中心として出生・家族政策の歴史を紹介する。次に、世界の主要宗教による結婚・出生に関する教えを紹介するが、仏教を除く多くの世界宗教は信徒人口を増やす(減らさない)ために信徒の生殖(人口再生産)活動を奨励していることから、結婚・出生を促進している。さらに、キリスト教以外の主要宗教については断片的にしか史料や歴史的研究が見当たらないので、国連人口部による過去40年の世界各国に対する人口政策アンケートの結果に基づいて各国の宗教別人口構成等と出生政策の関係を論じてから、明示的な出生促進的家族政策を採ってきた一部の国の比較的最近の事例を紹介する。具体的にはユダヤ教国のイスラエル、イスラーム圏のイラン、複数の宗教と無宗教が混在する多民族国家のシンガポールにおける出生・家族政策の事例を紹介する。なお、シンガポールについては日本・韓国と比較した宗教の出生・家族政策に対する意識に対する影響や出生・家族政策施策の利用に対する宗教の影響についての報告者の実証分析結果を紹介する。