会長挨拶

「比較家族史学会は、1982年、家族史に関心をもつ諸分野の研究仲間が相よって、有志の研究会として発足しました。
それ以来、法律学・社会学・文化人類学・民俗学・歴史学などをはじめとする仲間たちが、あまり肩をはらず、じっくり討議するという形で会を運営してきましたが、年とともに関心を寄せられる方々もふえ、狭い仲間うちという形ではおさまりきれない面も出てきたため、1986年からは、学会として名称・組織をととのえました。」
――学会監修で三省堂から刊行された「シリーズ家族史」の「刊行にあたって」で永原慶二初代会長が書かれている学会草創期の様子です。
当時、駆け出しの大学院生として参加したわたしには、戦後の家族研究を代表する研究者が学問分野の垣根を越えて集うこの学会は、「学際的ユートピア」のように感じられました。

思いがけずその学会の会長職を拝命した今、あらためてあの時代の知的輝きは何だったのだろうかと考えます。
1970年前後の「若者の叛乱」を経験して育ってきた若い世代と、敗戦後に新しい日本を作ろうと全力を尽くしてきた世代が出会い、立場の差はあるものの、マクロな社会の変化に学問的に共に立ち向かい、新しい時代を創り出してゆこうとする熱気が満ち満ちていました。
世界もまさに転換期にあり、若者や女性の運動やオイルショックを経て、少子化・女性就労・雇用の流動化など「新しい社会的リスク」と呼ばれるようになった問題も頻発し、近代社会が変質を遂げつつあることを多くの人々が感じ始めていました。
アナール学派や歴史人口学に牽引された社会史ブームは、そうした変動の時代を歴史の長期波動の一局面として捉え直そうとするものでした。
しかも政治家やエリートたちではなく、庶民の日常の中に歴史を動かす力を見出そうとして。
家族やジェンダーなどそれまで私事と片付けられがちだった事象にも歴史があり、国家や経済などの公的事象とくんずほぐれつしながら全体史を形作っているという家族史研究の視角は、公私の分離も揺るがす根底からの社会変動を捉えるために不可欠のものでした。

それから30年、ますます先の見えない変化が続いているものの、変化の全体像を捉えようとする学問的意欲はむしろ後退してしまったように感じられます。
見えない未来を見通そうとする努力に疲れてしまったかのように。とりわけ日本は欧米社会とも他のアジア社会とも異なる道を辿っているため、分析がいっそう難しいのだとわたしは考えています。
しかし政治的事件や出来事にいちいち左右されない、より深部の構造の変化に注目する家族史研究・社会史研究は、こうした時代にこそ岡目八目の洞察を可能にする突破口なのだとも思っています。

学会活動は、春と秋の2回の研究大会を軸としています。
近いところでは「子どもと教育」「出会いと結婚」「家と共同性」「人口政策」といったテーマを立て、それぞれについて歴史的視点と比較の視点をもった研究報告を十数本そろえ、参加者全員で徹底的に討議を行ってきました。
重厚な実証研究に学び、異分野の研究者からの発言に新たな着想を得る、貴重な機会となっています。研究大会の成果は「シリーズ家族研究の最前線」(日本経済評論社)、もしくは学会誌『比較家族史研究』の特集として刊行し、ささやかながら社会への貢献とさせていただいています。

今後も「家族」をめぐる稀有な学際性を備えた学会として活動を続けて参りますので、ますますのご支援・ご鞭撻を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

比較家族史学会会長
落合恵美子