第10報告「少子高齢化を迎えたスリランカの世代間関係と社会福祉」
中村沙絵(京都大学)
スリランカのシンハラ農村社会には、(一)世帯の独立性が高いが、(二)最後に家に残った者(末子など)がいずれ老親と同居することが期待され、また(三)同居子には家屋とより多くの土地が相続される、というゆるやかな規範が存在してきた。それはリジッドな家族規範というよりは、老親から子どもへの「期待」という語で表すのが相応しいものである。共系制均分相続の規範があるシンハラ社会では、物理的に親から離れて暮らす子にも定期的な連絡や訪問、金品の贈与などが期待されている。家や村にとどまり老親の扶養や日常的な世話を担う子と、村外で暮らす兄弟姉妹との間の連携が、老親扶養の鍵となっている。
今日でもスリランカでは7~8割の高齢者が家族成員と暮らしていると報告される。しかし、もともと教育熱が高いことに加え、都市や海外への移住を選ぶ若者も多く、老親が村(国)に残されてしまう事例は徐々に増えている。公的な老後サポートの仕組みは、未だ部分的なものに留まっている。高齢者の扶養は誰が行うべきなのか、公の場でも議論がなされるような状況が浮上している。報告者は、少子高齢化がすすむスリランカにおいて老後扶養という問題を考えるにあたり、家族か国家かという二元論に陥らず、それらに留まらない領域の福祉的機能とそのキャパシティを正当に評価する必要があると考えている。それは、具体的には以下のような制度や実践である。
1)親族ネットワークと開かれた親密圏。シンハラ社会において親族はグループというより個人を中心に婚姻によって広がっていく父方母方双方の繋がり(親類kindredに近い)である。老親扶養・看取りにおいては親子関係・きょうだい関係が重視されるが、いざとなればそれ以外の親族も頼られる。そこには、家事使用人や「台所おばさん」にも「親族フィクション」が持ち出され、実際に養育などにたずさわった歴史性にもとづき、扶養や看取りが展開される余地がある。
2)宗教的制度。スリランカ・シンハラ社会には、家族・親族の義務の網の目から逃れた出家者への贈与(dān, dāna)が歴史的に行われてきた。シンハラ仏教徒の場合、高齢になると宗教実践に専念する者が増え、実際仏日には寺に行って受戒し贈与の受け手となる者が多い。出家せずとも僧院や寺院、教会などに住みこみで働く者も一定数いる。
3)上述の制度や論理を援用して運営される社会事業(samāja sēva)としての老人施設。国家の高齢者福祉の枠組み(補助金)も利用し、最近ではCSRや若者によるボランティア実践の場にもなっている。つまり、伝統的制度・近代的制度を選択的に利用して成立する領域が広がっている。
以上のように本報告では、少子高齢化を迎えつつあるスリランカ社会において、どのようなアクターが、いかなる論理に依拠しながら老後を支える仕組みを構築しているのか、シンハラ農村および都市部の事例を中心に考察する。特に、家族による老後を支える仕組みを補完するような領域として、親族ネットワークや宗教的制度など、社会に埋め込まれた実践の福祉的諸機能に注目し、そのキャパシティや潜在力について検討する。