第8報告「中国農村部の世代間関係と都市化の影響」
施 利平(明治大学)
中国の都市と農村では、1958年以降異なった戸籍制度のもと、二元的な社会構造が構築された。福祉サービス、発展の機会、社会的地位の面で極めて不平等な2つの社会に分断された都市と農村では、異なった世代間関係が形成されてきた。年金制度や医療保険制度などの社会保障制度が整備されていない農村では、親は子どもを養育し、将来子どもは年老いた親を扶養するという双方向的な「フィードバック式」の世代間関係が、社会保障制度が比較的に整備されている都市では親が子を養育し、子が孫を養育するという「リレー式」の世代間関係が形成されてきた。
しかしこのような分断された農村と都市の世代間関係は、80年代以降に都市と農村の格差の拡大と、流動人口を制限する条例の緩和などの影響を受けて、大規模の農村人口が都市に流入し、都市化が急激に進化したことで、大きな変化が遂げられてきた。
都市化が農村の世代間関係に与えた影響に関しては、これまで相反する2つの見方、すなわち楽観的な見方と悲観的な見方とが提示されてきた。楽観的な見方では、都市化により農村から都市に転身して社会保障制度の恩恵を受けられるようになると、高齢者が子どもへの経済的依存が弱まり、フィードバック式世代間関係からリレー式世代間関係へと変わると捉えている。他方、悲観的な見方では、都市化の進展によって労働人口が大量に流出したため、農村の空洞化と世帯分離が多発して、農村に大きな打撃を与えていると捉えている。
しかし、結局のところ、中国で進展している都市化は、社会保障制度の充実により高齢者の子どもへの経済的依存を弱め、農村のフィードバック式世代間関係から都市のリレー式世代間関係への変容を招くのか。また、都市化の影響を受け、子世代は核家族を形成し、親世代から自立した世代間関係を形成しているのか。この問いは、90年代以降の中国社会の変容を理解する上で極めて重要にもかかわらず、必ずしも十分に検証されてきたとは言えない。
本発表では、これまで農村と都市に分断され、十分に焦点が当てられることがなかった農村から都市に転身した地域の世代間関係を取り上げ、調査地で居住・就労している出身地域の異なった2つのグループ−—調査地域の地元住民グループと、他地域から調査地に流入し、就労または居住している農民工グループ−—を研究対象とする。
浙江省寧波地区慈溪市宗漢街道馬家路村の1つの自然村(S村)において、2008年12月〜2009年1月、2009年3月、2013年9月、2019年2月に複数回「S村地元住民の全世帯調査」と、2017年の7月から8月にかけて、S村で居住また就労する「農民工調査」を実施した結果、1)都市化が出身地域の異なった2つのグループに違った影響を及ぼすことが明らかになった。S村の地元住民は、親世代の経済力が上昇し、子ども世代への経済的依存が弱まった結果、子育て世代は親世代と同居し、家計と家事・育児を親世代に頼る傾向をもつ一方、出稼ぎ農民工は、世代間役割分業と分離世帯を通して、子育て世代がS村で稼得役割を、出稼ぎ農民工の親世代が出身地域で孫を育てる再生産役割を分担する。2)共通点として、父系親族規範の強さ、世代間の相互依存・相互扶助の実態が浮き彫りになった。以上の分析結果に依拠すると、都市化の影響を受けた当該地域農村の世代間関係は、「フィードバック」式から「リレー」式への転換、また子世代が核家族を形成し、親世代から自立した世代間関係の形成に至っていないと議論できる。