2021年 比較家族史学会 第69回 秋季研究大会のご案内

2021年 比較家族史学会 第69回 秋季研究大会のご案内(案)

【日程】 2021年10月30日(土)
【会場】 尚絅大学
【開催方法】 オンライン開催:Zoomによるオンライン形式(定員:300名)
【参加費・申し込み】無料・要事前申込み(非会員も参加可)
  ・申し込み:専用申し込みフォーム https://forms.gle/BVnXQbwEjNp81eFV8

  また、以下のURLからも申し込めます。
        https://forms.gle/BVnXQbwEjNp81eFV8
  ・申し込み締切:2021年10月26日(火)
【参加方法】申込者に大会前にZOOM 参加に必要なURL等およびレジュメ入手方法を連絡

【プログラム】

09:30~09:40 開会挨拶(会長:小池誠)
09:40~09:45 大会運営についてのお知らせ
09:45~11:30 自由報告 司会 土屋敦(関西大学)
09:45~10:18 白井千晶(静岡大学)
 「人工妊娠中絶からみた出生システム:フィリピン、ミャンマー、ベトナムを中心に」
10:20~10:53 翁 文静(九州大学アドミッションセンター)
 「中国都市部における家事・ケア労働者に関する文献レビュー―資格化・職業化を中心に―」
10:55~11:28 沈嘉翌(東京大学大学院)
 「近世後期畿内農村における女性戸主の増加について―人口危機における村・家・個人の存続戦略―」

11:30~12:30 お昼休み

12:30~13:00 特別講演 蓮田健氏(医療法人聖粒会慈恵病院理事長兼院長)
 「赤ちゃんの遺棄・殺人を食い止めるには?~『こうのとりのゆりかご』14年を経て見え始めたもの~」

13:00~17:05 ミニシンポジウム
テーマ 「<産みの親>と<育ての親>の比較家族史―①妊娠・出産と出自をめぐる日独比較」 司会 宇野文重(尚絅大学)

13:00~13:10 趣旨説明 床谷文雄(奈良大学)
 「予期しない妊娠・出産と母子の保護―匿名出産・内密出産を考える」
13:10~13:40 阪本恭子(大阪医科薬科大学)
  「ドイツにおけるベビークラッペの歩み」
13:40~14:10 トビアス・バウアー(熊本大学)
 「ベビークラッペから内密出産制度へ―ドイツにおける出自を知る権利の議論を中心に」

14:10~14:15 休憩

14:15~14:45  梅澤彩(熊本大学)
 「出自を知る権利の保障と親子の交流」
14:45~15:15 山縣文治(関西大学)
 「予期しない妊娠・出産と福祉支援」

15:15~15:35 休憩 

15:35~17:05 討論  司会 床谷文雄(奈良大学)

17:10~17:20 閉会挨拶(副会長:山田昌弘)

【大会運営委員長・委員】宇野文重(尚絅大学・委員長)、梅澤彩(熊本大学)、柴田賢一(尚絅大学)、床谷文雄(奈良大学)、土屋敦(関西大学)、野辺陽子(日本女子大学)、李璟媛(岡山大学)

2021年 比較家族史学会 第69回 秋季研究大会

【自由報告要旨】

白井千晶(静岡大学)
「人工妊娠中絶からみた出生システム:フィリピン、ミャンマー、ベトナムを中心に」
避妊、妊娠、出生前検査、出産という一連の出生のありようが、法制度、宗教や規範などを含む社会システムによって大きく変わることに異論はないだろう。本報告では、出生の編成のされ方を説明するには、当該社会における人工妊娠中絶の位置付けを軸にすることが有用であることを示す。
 具体的には、報告者らが2017年度から2019年度に実施したアジア14ヵ国のリプロダクション調査のうち、フィリピン、ミャンマー、ベトナムを中心に、その他いくつかの国地域を参照しながら、避妊、出生前検査のありようが、人工妊娠中絶、つまり妊娠したが生まないという行為のありようによって異なることを議論する。フィリピン、ミャンマーは人工妊娠中絶が禁止されている国、ベトナムは合法である国だが、法制度というマクロでフォーマルな次元の説明だけでなく、インタビュー調査で写しとれる人びとの態度というミクロな次元も考察する。
 人工妊娠中絶を軸に出生システムの編成を考察することは、従来、母子保健政策やマタニティケア・システムとして検討されてきた分野に異なる視角を与える。生殖を「生まないこと」をめぐる実践として捉え直す試みである。
 生殖は、生殖技術や少子化対策など生ましめること、障害の位置付け、養育をめぐるシステムをも含むものであるが、本報告は、それらを見据えつつ、人工妊娠中絶と出生システムに限定して議論する。

 翁文静(九州大学アドミッションセンター)
中国都市部における家事・ケア労働者に関する文献レビュー―資格化・職業化を中心に―」
 90年代後半から、中国都市部では、妊産婦、乳幼児の世話をする家事・ケア労働者が現れてきている。近年、家事・ケア労働者が妊産婦、乳幼児のみならず、高齢者にもサービスを提供するようになった。家事・ケア労働者の普及にともない、中国の政府が彼たちを養成し、資格を授与し、家政サービス員(「家政服務員」)という新しい職名を与えることを試みた。
 家事・ケア労働者/家政サービス員に関する研究調査は雇用の増加、政府の政策や支援などに合わせて、少しずつ増えてきている。本報告では、90年代後半の無資格の家事・ケア労働者に関する研究調査から、近年資格化・職業化されてきた家政サービス員を取り上げる研究調査までを対象とし、文献レビュアーを行いたい。文献レビュー目的は、中国の研究者は家事・ケア労働者/家政サービス員のどこに関心があるのかを概観する。また、文献という切り口から、家事・ケア労働者の資格化・職業化のプロセスとその問題点を探りたい。
 家事・ケア労働者/家政サービス員と言っても、さまざまな種類がある。報告者の独自な調査では、上海市における家政サービス員の資格は母子専門、育児専門、介護専門、家事専門、小児マッサージ、早期教育など12種類もある(翁 2017)。本報告では、家政サービス員の始まりとされる母子専門(中国語では母嬰護理員)、育児専門(中国語では育嬰員)の家政サービス員に焦点を当てる。
 調査方法は中国の文献検索サイト「中国知網」において、母嬰護理員、育嬰員に関連するキーワードを検索、収集する。得られる文献のタイトルを分類し、家事・ケア労働者/家政サービス員に関する研究の全体傾向を把握する。また、家事・ケア労働者の資格化・職業化に関する入手可能な文献を読み、資格化・職業化のプロセスとその問題点を探りたい。

参考文献
翁文静2017「中国都市部における家族のケアの資格化-上海市の『家政サービス員』の養成を中心に-」『国際教育文化研究』Vol.17

 沈嘉翌(東京大学大学院)
「近世後期畿内農村における女性戸主の増加について―人口危機における村・家・個人の存続戦略―」
 本報告の課題は和泉国泉郡助松村(現、大阪府泉大津市)をフィールドとして、近世村の女性人口、とりわけ女性世帯主(以下、便宜上女性戸主と呼ぶ)とその世帯に焦点をあて、村・家そして個人の相続戦略における女性の役割について解明することである。
 助松村は大坂湾に面して、紀州街道沿いの農村であり、綿作が盛んであった。助松村の庄屋を代々勤めた田中家は紀州徳川家の御休本陣と地域の大庄屋をかねていた。田中家文書には、近世の村政文書が多く残されており、現在泉大津市立編織館に保管されている。
 助松村は本村と枝村から構成されており、本村は「田中組」と「山庄組」に分かれていた。本報告では田中家文書のうち、宗門改帳を中心とした史料を用いる。宗門改帳は田中組分のみ現存しており、明和3年(1766)から明治3年(1870)まで寛政元年(1789)と文化10年(1813)を除いて、すべて残っている。本報告では近世後期における女性戸主数の維持と増加傾向に着目して、1830~1850年を分析対象とする。
 21年分の宗門改帳を分析した結果、下記のことが判明した。まず、本籍人口は285から221人、世帯数は71から55世帯数に漸減した。それに対して、女性人口および女性戸主世帯数が増加した。また、観察期間において10年以上連続して女性が戸主であった世帯が10世帯数あった。それらの世帯では、男性ではなく女性が相続者となっている場合が多いことが特徴となっている。宗門改帳から養女が跡を継いだことがわかった。この現象は、女性相続人を一時的な中継相続人としてとらえる従来の通説には当てはまらないものである。
 この報告では、以上の人口現象について、助松村の社会経済的特徴、ジェンダー分業および村の存続戦略という観点から分析する。

  

特別講演の報告要旨および講師プロフィール

【特別講演要旨】
蓮田健氏(医療法人聖粒会慈恵病院理事長兼院長)
「赤ちゃんの遺棄・殺人を食い止めるには?~「こうのとりのゆりかご」14年を経て見え始めたもの~
 慈恵病院が運営する「こうのとりのゆりかご」(俗に言う「赤ちゃんポスト」、以下「ゆりかご」)は、自ら育てることのできない赤ちゃんを匿名で病院に預け入れるシステムである。ここには過去14年間で159人の赤ちゃんが預け入れられた。
 「ゆりかご」には開設当初から、「安易な育児放棄を助長する」、「子の出自を知る権利を損なう」という批判が寄せられてきた。しかし、「ゆりかご」の現場で預け入れる女性達に接すると、「安易」ではなく「必死」という言葉が当てはまるような実情が見えてくる。また、子の出自を知る権利が損なわれる事への懸念はあるものの、母親の匿名性を保証しなければ、孤立した母子を保護するどころか、接触することすら叶わないのが現実である。
 ある精神科医から、「『ゆりかご』は精神医学の世界」と指摘された事がきっかけで、その視点で見直したところ、預け入れた母親の大部分に、発達障害、知的障害、精神疾患、被虐待歴のいずれかが存在する事に気付いた。つまり彼女たちは、上手くできない能力や環境下にあって苦しんでいる人たちである。
 2014年に「ゆりかご」へ乳児の遺体が預け入れられた事件以来、私を始め当院職員は乳児遺棄事件の裁判傍聴を行うようになった。これらの事件は「ゆりかご」が機能しなかったケースとも考えられ、その理由や背景を知り、分析することで再発防止への手がかりをつかめないかと模索している。法廷での傍聴のみならず、裁判資料の閲覧、被告からの聴取を行うと、彼女たちが必死になって妊娠を秘匿しようとする姿に圧倒されそうになることすらある。
 「遺棄や死亡に見舞われた赤ちゃんが助かるにはどうすれば良かったのか?」
 私は、この事を念頭に置きながら傍聴を行っている。まずは、彼女たちが求める妊娠の秘匿性を尊重することと考える。その上で、彼女たちを叱らず、説教をせず、慰めと敬意をもって接し、助ければ、多くの場合、匿名性は撤回される。残る僅かなケースについて母親の匿名性を許容し、一方、残された子どもの幸せのために支援する。そして、このセーフティネットを女性達に周知する。これら一連の活動によって赤ちゃんの遺棄・殺人を日本の社会から減らすことができると信じている。

【講師プロフィール】

蓮田健(はすだ・たけし)医師
慈恵病院理事長兼院長
平成7年九州大学医学部卒業
専門分野:一般産婦人科
認定医・専門医:日本産婦人科学会専門医
所属学会:日本産婦人科学会、日本産科婦人科内視鏡学会、日本女性骨盤底医学会、日本産科麻酔学会

シンポジウムの趣旨および報告要旨、報告者プロフィール
【シンポジウムの趣旨】
床谷文雄(奈良大学)
「予期しない妊娠・出産と母子の保護―匿名出産・内密出産を考える」
 本シンポジウムでは、妊娠の事実を他者に知られたくない女性が出産した子を、匿名で他者に引き渡して養育を委ねる方法で、予期しない妊娠・出産に起因する問題の解決を図ろうとする場合について、主にドイツの事情(匿名出産、ベビークラッペ、内密出産等の社会的・法的支援)と日本の事情を比較することにより、妊娠・出産のあり方と、産みの親から離れて生きる子が成長後に〈産みの親〉(出自)を知る権利について考えることを目的としている。「予期しない妊娠」とは、「様々な事情により、妊婦やそのパートナーが、妊娠を継続することや子どもを産み育てることを前向きに受けとめられず、支援を必要とする状況や状態にあること」をいう(厚生労働省報告書)。この思いがけない妊娠がもたらす危機から逃れる手段としての人工妊娠中絶の問題は、ここでは直接には扱わない。苦境にありながらも妊娠を継続し、出産した妊産婦(母)が社会的支援を受けながら、子を手元で育てる場合、あるいは子を児童養護施設・里親・養親(「わらの上からの養子」を含む)など他者・社会による養育に委ねる場合の問題は、〈産みの親〉から〈育ての親〉への子の育ちの場の移行過程として関連する範囲で扱われる。
 本シンポジウムの前の「特別講演」では、熊本市の医療法人聖粒会慈恵病院が2007年に開始した「こうのとりのゆりかご」事業について、現状および今後の展開が示される。この「ゆりかご」のモデルとなった「ベビークラッペ」(ベビーボックス)は日本では〈赤ちゃんポスト〉の名で知られるが、ハンブルクでの赤ちゃん救済活動から始まり、20年余りの間に世界の多くの場所で類似の設備が設けられるに至っている。本シンポジウムの第1報告では、ドイツにおけるベビークラッペの歩みについて阪本恭子会員(大阪医科薬科大学・哲学)が発表する。
 ベビークラッペは匿名による子の預け入れなので、子の出自を知る権利の保障に欠けるとの批判があり、他方で妊婦の安全な出産のための医療的・社会的支援を十分に提供するという観点からも対策の検討が進められ、2014年に施行されたのが「内密出産」制度である。第2報告では、トビアス・バウアー会員(熊本大学・生命倫理学)がベビークラッペから内密出産制度への動きをドイツにおける「出自を知る権利」の拡がりも視野に入れて論ずる。
 次いで第3報告では、梅澤彩会員(熊本大学・家族法学)が「出自を知る権利の保障と親子の交流」に焦点を定めて、出自を知る権利の意義、法的根拠などについて追究する。
 第4報告では、山縣文治教授(関西大学・子ども家庭福祉学)から「予期しない妊娠・出産と福祉支援」と題して、福祉の観点から本シンポに関わる問題の全体像が示される。
 以上の報告を踏まえて、妊娠・出産と出自をめぐる問題について全体討論を行う。

【シンポジウム報告要旨】
阪本恭子(大阪医科薬科大学)
「ドイツにおけるベビークラッペの歩み」
 ドイツ北部の都市ハンブルクにベビークラッペ(Babyklappe)第1号が開設されてから、昨年(2020年)で20年が経過した。本報告では、はじめに、設置が始まった2000年前後のドイツの社会的ならびに宗教文化的な背景と、設置の目的や運営方法を確認して、ドイツのベビークラッペの最近の利用状況と近隣諸国の設置状況を把握する。
 次に、望まない妊娠や予期しない妊娠であるにもかかわらず、子どもを出産して、ベビークラッペを利用せざるをえないような困窮した状態に置かれた女性(母親)とその子どもを支援するために、現在ではドイツ全土でおよそ90か所に及ぶ設置の拡大を推し進めてきた青少年支援団体シュテルニパーク(SterniPark e.V.)とカトリック女性社会福祉機関(SkF)のこれまでの取り組みの一端を紹介する。
 さらに、設置から20年余を経てなお相いれないベビークラッペに関する賛否両論を示す。そうして、女性(母親)に匿名性と自己決定権、また生存権を保障することにより、子どもには生命権と最善の利益を保障するいっぽうで、出自を知る権利を侵害することになるといったベビークラッペが抱えるジレンマを明らかにして、本シンポジウムの今後の議論の一助としたい。
 さいごに、今日のベビークラッペを、中世から連綿と続いてきたヨーロッパの捨て子救済の取り組みの歴史のなかで捉える。その手がかりとして、第2次世界大戦中のポーランドで、ユダヤ人孤児のための孤児院の院長を務めたコルチャック先生の業績を取りあげて、彼が作成したとされる国連「子どもの権利」の原案を、あらためて理解したい。ユダヤという民族・血族的あるいは宗教文化的な出自に思いをめぐらせつつ、ベビークラッペに預けられた子どもたちの出自を知る権利について考える。
 以上のように、ドイツにおけるベビークラッペの歩みを概観するなかで、困窮する女性(母親)にとって、また子どもにとっても、どのような支援策が望ましいのかを探る。 

 Tobias Bauer (熊本大学)
「ベビークラッペから内密出産制度へ ― ドイツにおける出自を知る権利の議論を中心に」
 1999年以降にドイツ全土で広まってきた匿名による子の引き渡しの諸形態(ベビークラッペ、匿名出産、子を匿名のまま直接引き渡すことのできる取り組み)をめぐって、支持者と反対者の間では、その是非について早くから激論が繰り広げられてきた。様々な批判の中でも、とりわけ、これらの匿名による取り組みが「預けられる子の出自を知る権利を侵害する」という批判は、2014年の内密出産制度の導入に繋がった。この導入により、内密出産制度で生まれた子は、16歳になれば産みの母の実名を知ることができるという形で、子の出自を知る権利が保障されるようになった。
 本発表では、まず匿名による子の引き渡しの諸形態に対するドイツにおける賛否のある議論を考察し、それらの匿名による取り組みの廃止を勧告したドイツ倫理審議委員会が2009年に出した見解を一例に、議論における出自を知る権利の役割を解明する。それを踏まえて、2014年に施行された「妊婦支援の拡大と内密出産の規定のための法律」 (SchwHiAusbauG)によって匿名による子の引き渡しの諸形態の代替策として導入された内密出産制度の立法過程と、それにおける「匿名」から「内密」への移行についても考察する。                       
 また、内密出産制度における子の出自を知る権利の保障のための具体的な取り組みと、子の出自を知る権利と産みの母の利益との調整について明らかにし、本制度がドイツにおいてどのように受け止められ、評価されているかについても紹介する。
 最後に、上述と同様に、出自を知る権利をめぐって議論されている、精子提供者登録制度の創設(2018年)によって「精子提供者の匿名性を廃止し、非配偶者間人工授精によって生まれる子の出自を知る権利を保障する」というドイツの生殖補助医療分野における最近の動向と照らし合わせて、両者にみられる共通点を探り、ドイツにおける出自を知る権利の現状について考える。

 梅澤 彩(熊本大学)
「出自を知る権利の保障と親子の交流」
 出自を知る権利は、一般に、子が「現在の親子関係になった経緯」、「血縁上の親は誰か」について知る権利であるとされる。出自を知る権利の意義については、従来、実利的側面、子のアイデンティティの確立、親子間(〈育ての親〉と子)の信頼関係の強化といった観点から説明がなされてきたが、これらはいずれも子の健やかな成長のために必要不可欠なものであろう。
 ところで、日本においては、出自を知る権利について規定する法律は存在しない。このため、出自を知る権利の法的根拠については、児童の権利に関する条約(児童の権利条約)第7条や憲法第13条等を根拠としてこれを認めようとする学説があるものの、十分な議論が尽くされていないように思われる。出自を知る権利を認める場合、その前提として、関係当事者(〈産みの親〉・子・〈育ての親〉)について適切な情報管理・情報開示を実現するための法制度の構築が必要となる。さらに、出自を知る権利から派生する問題として、親子の交流(〈産みの親〉と子の交流)に関する諸問題(法的性質および根拠・支援の在り方等)も検討する必要がある。
 本報告では、最初に、出自を知る権利の意義および法的根拠について整理する。次に、出自を知る権利と親子の交流について、その現状と課題を概観する。ここでは、里子・養子における子の出自を知る権利と〈産みの親〉のプライバシーをめぐる問題について、特別養子・匿名出産および内密出産制度の導入における議論等を参考に検討した後、里子・養子の出自を知る権利と親子の交流の実態を紹介するとともに、その課題を抽出する。さらに、新たな社会的養育の在り方に関する検討会「新しい社会的養育ビジョン」(2017年)において明らかにされた「子どもの出自を知る権利の保障と記録の在り方」、および、これに関する制度構築についても紹介する。最後に、出自を知る権利の保障と親子の交流の実現にむけて、若干の検討および提言を行う予定である。

 山縣文治(関西大学)
「予期しない妊娠・出産と福祉支援」
 予期しない妊娠・出産に関する福祉的支援は、母子保健法および母体保護法が中心で、児童福祉法には、積極的な関与規定はなかった。当該事案が、社会的養護の問題として位置づけられると、児童福祉法の枠組みに入ってくるが、あくまでも、社会的養護問題の一つにすぎず、固有の取り組みがあるわけではない。
 社会的養護より広義の概念である「社会的養育」という用語が、2016年児童福祉法改正の一環である「新しい社会的養育ビジョン」(2018)において提唱されると、ポピュレーションアプローチに強みをもつ母子保健施策と、リスクを意識したアプローチに強みをもつ子ども家庭福祉施策の連続性が今まで以上に意識されるようになり、子育て世代包括支援センター(母子健康包括支援センター)などの整備も進められている。
 一方、新しい親子関係を築く養子縁組に、児童福祉法の枠組みで、プロセスやアフターケアに積極的に関与することになったのは、2016年の法改正以降である。むろん、実践現場においては、さまざまな取り組みが行われていた。
 養子縁組はあくまでも民法上の制度であり、特別養子縁組においてさえも、実務として、縁組の必要な子どもの検討や、手続きの支援などは行うが、それは、法律に基づくものではなかった。とりわけ、縁組終了後につては、実親は親権者でも保護者でもなくなること、養親については、新たな親子ができあがったことにより、特別の関与をすることが遠慮され、社会的養護問題が生じたとき、通常の親子として向き合うに過ぎなかった。このような状況に変化が生じたのは、2019年の、家事事件手続法および児童福祉法改正である。
 本報告では、予期しない妊娠・出産に対して、福祉がどのような姿勢をとってきたのか、その中で、どのような支援をしてきたのかを中心に紹介する。また、最後に、こうのとりのゆりかごの検証(熊本市)や子ども虐待による死亡事例等に検証(厚生労働省)に長く関わらせていただいた経験から、少し広い視点で親子の福祉について検討する。

【報告者プロフィール】

床谷文雄(とこたに・ふみお):奈良大学文学部 教授・民法・家族法

阪本恭子(さかもと・きょうこ):大阪医科薬科大学薬学部環境医療学グループ 教授・哲学

Tobias Bauer (とびあす・ばうあー):熊本大学大学院人文社会科学研究部 准教授 ・生命倫理学)

梅澤 彩(うめざわ・あや):熊本大学大学院人文社会科学研究部法学部 准教授・家族法学

山縣文治(やまがた・ふみはる):関西大学人間健康学部 教授・子ども家庭福祉学

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