2022年 比較家族史学会 第71回秋季研究大会 報告要旨
【自由報告要旨】
孫詩彧(北海道大学大学院)
「子育てしながら家事するとはどういうことか?―家事役割の特性をめぐる検討―」
【問題の所在】
近年の役割分担研究では、ジェンダー研究の影響も受けて夫妻間の「分担の平等」が注目を集めている。夫による家事分担や家事や育児サービスの利用など、家庭内役割の「外部化・社会化」が期待されている。
ところが、「男は仕事、女は家庭」のような性別分業に規定されない平等な役割関係を形成しているのは、子どものいない夫妻のみであることが従来の研究で明らかにされている。子どもが生まれることで、育児に合わせて家事のやり方が変わる。
このような状況を踏まえ、担い手を増やしても役割は平等に分けられるとは限らない。分担の偏りが生じることや偏りがもたらす課題を回避する保証もない。本報告は、夫妻の役割分担・調整を検討する基礎的な作業として、小さい子どもを育てる家庭において家事役割の特性を検討することが目的である。報告では、料理役割を取り上げ、その特徴や性格に注目して分析していく。
【データと方法】
本報告のデータは、未就学の子どもを育てる育児期の夫妻双方を対象とした調査で得たものである。具体的には、2021年12月に日本政令指定都市X市内の保育施設7か所の協力でアンケートを実施し、夫妻双方から回答を得た106組のデータと、2022年3月から4月に6組の夫妻それぞれに行ったインタビューの結果を使って検討する。
【分析結果】
アンケート「料理役割の分担と遂行に関する調査」によると、家事役割(料理)の量と質に対して人々の捉え方が異なることは、同じ家庭で暮らす夫と妻の間でも一般的な現象として確認された。役割を実際に担っているかどうかで、家事に対する捉え方が変わる。それに、子どもを介在して家事を遂行することは、夫妻は同じ土台で家事を捉え、交渉し、分担することをむずかしくする可能性が考えられる。
さらにインタビュー調査では、育児と家事が重なるときに遂行の困難、ならびにパートナーと役割を分担する必要性が浮かび上がった。子育てしながらの家事は、大人だけで暮らすときよりも遂行のタイミングを自己判断で調整できなくなり、同時進行の作業が増えて役割遂行のスキルが高く求められ、夫妻がゼロサムで分担するわけではなくなるといった特性が見えてきた。この意味で、役割遂行のハードルが高くなる。一方、夫妻が家事分担を交渉する土台自体が不安定になってしまうため、分担を有効に行うため夫妻間で交渉・すり合わせるための時間や情緒的のコストも高くなる。こうした知見は、子育て家族における平等な役割分担を実現する難しさを示し、より動態的な観点で分担を検討する必要が示唆された。
【シンポジウム趣旨説明および報告要旨】
【趣旨説明】 中島満大(明治大学)・椎野若菜(東京外国語大学)
2022年度比較家族史学会秋季研究大会は、「新型コロナウィルス禍による家族研究の困難と可能性」をテーマとして設定し、博士課程在籍者や博士課程修了後テニュアポストを目指す研究者、もしくはコロナ禍によって研究や調査を中断・延期・変更した研究者を募り、家族に関する調査の困難やこの非常事態に切り開かれた新たな研究の可能性について報告してもらう。報告内容については、現在進行中の調査に関する報告であったり、コロナ禍で既に実施された調査の検討であったり、通常のシンポジウムよりも家族に関する調査のプロセスに焦点をあてていく。
今回は、法学、家族社会学、人類学、歴史学、社会福祉という領域の研究発表を軸に、学問領域だけでなく、さまざまな家族研究の調査法を横断しながら、コロナ禍における家族研究の困難と新たな展望を共有できることを本シンポジウムでは目指す。
【シンポジウム報告要旨】
白石大輝(慶應義塾大学大学院法学研究科・博士課程/近代日本法制史)
「コロナ禍における家族法史研究―比較法をめぐって―」
法史学研究においても、コロナ禍の施設利用制限等により研究環境への制約が続いている。他方で報告者は、大学院の授業で比較法学者・杉山直治郎の史料を整理する作業を行い、それを通じて比較法学に関心を持つに至った。すなわち本報告は、比較法学が家族法史研究に如何に応用できるかという点について、考察することを目的とする。
比較法学は、外国法の摂取に止まらず、外国との共通法の構築もその目的として掲げられる場合があり、杉山は、「人類普遍法」の構築を目指す普遍比較法学を提唱した人物である。近年、ヨーロッパでは各国間の家族法の統一・調和に向けた動きが見られるが、日本において、外国と共通の家族法を設けることは可能であろうか。日本では民法典編纂過程においては、家族法は自国の慣習に基づくべきであると認識されたが、家族法学は、ドイツ法やスイス法などの外国法との比較の中で展開し、また法の家族主義から個人主義への移行が抗い難い潮流であることが、保守的な法学者の間でも認識されていた。もっとも、そのような風潮の中でも、日本法の特徴である家制度の強化が模索され、大正・昭和期には法改正の動きも見られた。
単に外国法の継受の過程を整理するだけではなく、戦前期の法学者の間で日本の家族法の独自性と普遍性が、外国法との比較の中でどのように考察されてきたのかを明らかにすること、すなわち、日本における「比較法学史」の視点で家族法史を探求することは、日本の家族文化論の変容を理解し、今後の家族法のあり方を考える上で有益であると思われる。
田中美彩都(学習院大学東洋文化研究所・助教/近代朝鮮史)
「コロナ禍における人的ネットワークの重要性―近代朝鮮家族史を専攻する若手の立場から」
報告者は博士課程在籍中の2019年4月から2021年3月まで韓国・ソウル大学に留学したため、2年目は、1年目には予想だにしなかった感染症流行拡大の影響を蒙ることになった。とはいえコロナ禍で朝鮮史研究を進めることは、他の分野に比べればそれほど困難ではないかもしれない。特に韓国では研究資史料のオンライン化の進展が著しく、近代家族史研究においても基本となる史料の多くがオンライン上でも閲覧可能だからである。しかし、オンラインでは閲覧不可能な史料を入手しようとするとき、そしてその研究成果を報告しブラッシュアップさせようとするとき、コロナ禍以前にいかに現地の人々との関係性を構築することができたかが重要な鍵となるように思われる。報告者の場合、コロナ禍以前に留学を開始したことで、対面での学会や研究会、史料調査を通して、現地での基盤をある程度固めることができた。この1年間があったからこそ、その後のコロナ禍での様々な変化にもある程度柔軟に対応できたと感じるが、そうした活動が叶わなかった、コロナ禍で研究をスタートした後輩世代の悩みを深刻に受け止めている。
報告では、朝鮮近代家族史を研究する上で基本となる資史料のオンライン化、データベース化の現況を述べる。そのうえで、自らの経験に即しつつコロナ禍で若手が歴史研究にとりくむうえで重要かつ障壁となる人的ネットワーク構築の意義や今後の展望について述べたい。
柳煌碩(日本大学・非常勤講師/教育社会学)
「コロナ禍における社会調査の経験と課題」
本報告では、2020年から2022年の間に報告者の調査経験をもとに、コロナ禍での社会調査の経験と課題について発表する。
報告者は、日本労働政策研究・研修機構において、若者の就労・自立・移行に関する調査プロジェクトにリサーチ・アシスタントとして参加した。
当プロジェクトでは、若者の就労状況に関する定量的調査に加え、フリーターなど不安定な労働環境にいる若者を対象にした定性的調査も行ってきた。報告者は、パンデミックによる若者への影響についてILOなどの国際機関の報告書を整理し、調査項目の設定、調査の実施、データ・クリーニングまたはケース記録の作成、分析および研究会開催、報告書執筆など、社会調査の一連のプロセスに関わった。
本報告では、この調査過程の中で感じた課題の事例を紹介すると共に、コロナ禍における社会調査の戦略についても考察を行いたい。
黒岩薫(お茶の水女子大学大学院人間文化創成科学研究科・博士後期課程/家族社会学)
「新型コロナウイルス禍による家族研究:高校生を対象としたグループインタビューを用いた研究事例から」
本報告では、筆者が2021年1~10月に高校生を対象に行ったグループインタビュー調査を事例として、新型コロナウイルス禍によって生じた困難や今後の課題について検討する。この調査は、高校生やその家族による食事に関する家事や家庭での料理活動について、「他者に対する思考・関心」という観点から探ることを目的として実施された。調査協力者の募集にあたっては、筆者の知人の紹介のもと、F県の公立高校A校と私立高校B校の教員を介して、「家庭内で料理を手伝ったり、自分で料理をすることがある」という条件に合致する高校生の調査協力者を募集した。調査には女子18名、男子10名(計28名)が参加し、半構造化面接法によるグループインタビューを学校の教室やオンライン会議システムを用いて実施した。1グループあたりの人数は3~7名となり、1回あたりの実施時間は約2時間であった。対象者には、家族構成や家事分担状況等を確認するための事前質問票への回答を依頼した上で、グループインタビューでは対象者自身や家族による食事に関する家事や料理活動などについて質問した。分析には、録音・録画内容をもとに作成した逐語録を使用した。調査実施にあたって、お茶の水女子大学倫理審査委員会の承認を受けた。本報告では、調査プロセスにおける調査協力者との調整の過程や、インタビュー時の特別な配慮、計画通りに実施できなかった調査等についてとりあげながら検討を行う。
姜民護(同志社大学社会学部社会福祉学科・助教/子ども家庭福祉)
「新型コロナウィルス禍における子ども家庭福祉研究の困難さと可能性」
最近まで、報告者は、社会的養護(里親に関する制度やソーシャルワークなどの国際研究:基盤Aの研究分担者)や児童虐待(リスクアセスメントシートの開発研究:基盤Cの研究分担者)などの共同研究に積極的に取り組んでいた。また、少しずつであるが、一定の成果も出ている。けれども、これでよかったのだろうか。
実をいうと、報告者のメインテーマは「親の離婚を経験した子どもの支援づくり」であり、このテーマは博士前期課程から現在に至るまで、そしてこれからも研究者としてのアイデンティティーを支えていくだろう。2017年3月に博士号を取得した報告者は、初の科研費(若手)も「日韓における離婚家庭の子どもの社会・文化的貧困を断ち切る支援モデルの開発(2018年4月から)」というテーマで獲得した。しかし、当初、3年計画であったこの研究は、2回の延長申請を経て、2022年9月現在も現在進行形である。また、報告者はこのテーマで今後の科研費に申請するかどうかについて真剣に悩んだこともある。
なぜこうなったのだろうか。なぜ、私はメインテーマである「親の離婚を経験した子どもの支援づくり」に関する研究ではなく、共同研究にさらに力を入れていたのだろうか。言い換えれば、なぜ、私はメインテーマである「親の離婚を経験した子どもの支援づくり」に関する研究と向き合うことに躊躇し、回避していたのだろうか。
2021年秋から「親の離婚を経験した子どもの支援づくり」に関する研究が少しずつ進んでいる。何がきっかけで完全にとまっていたこの研究が進むことになったのだろうか。
今回のシンポジウムでは、自分の経験に基づき社会福祉学、とくに子ども家庭福祉学を専門とする若手研究者の立場から新型コロナウィルス禍における調査研究の困難さと可能性について語りたい。
李婧(東京都立大学大学院人文科学研究科・博士課程/社会人類学)
「コロナ禍による地域行事と親族の変容―東京都王子における「狐の行列」と家族のつながりの事例から―」
報告者の調査地である東京都王子では、コロナ禍に特有な出来事として、地域行事の開催の見通しが立たない中で、一部の地域住民が家族のつながりをあらためて見直すようになったという状況が生まれている。本報告はこうした王子の事例から、コロナ禍による地域行事の中止に伴う家族・親族関係の変容について考察するものである。
王子では、戦後から40年間は家族経営型の店舗を中心とする商店街が繁栄していた。1980年代後半頃からはその構造が変わり、商店街の衰退や地域住民の高齢化が進行した。その結果、親族関係を含む地域住民のつながりは、産業ではなく、地域行事によって支えられるようになった。なかでも、1993年から毎年大晦日に実施されている「狐の行列」は王子の一大イベントであり、近年における有名な年越し観光地として注目されてきた一方、地域住民にとっては地元への帰省者を含めた親族のつながりを再確認する場となってきた。
ところが、コロナ禍の影響により、2020年からは「狐の行列」も中止になった。このことは、地域や親族のつながりを確認する場であった大晦日の過ごし方にも大きく影響した。例えば「狐の行列」でしか会えない家族に2年間も会えていないという地域住民の声がある一方、地域行事の中止によって家族と大晦日を過ごせるようになったという声もある。ここからは、コロナ禍における地域行事の中止のもとで地域住民からは家族のつながりをめぐる多様な反応が生まれていることがわかる。
本報告の目的はこのような地域住民の多様な反応をもとに、コロナ禍における地域行事の危機の中で家族や親族のつながりがいかに再構築されるのかを明らかにすることである。
浅井彩(東京都立大学大学院人文科学研究科社会人類学・博士課程/社会人類学)
「インド・デリー、野菜売り一家の家計とコロナ禍」
本発表では、大きく二つのことについて報告する。まず一つ目は、新型コロナウィルス流行開始の直前にあたる2019年11月より2022年4月までの滞在経験から、コロナ禍のインドでのフィールドワークの困難と可能性について検討する。コロナ流行最盛期に帰国せず滞在を継続するという調査者としてのわたしの判断には、周囲の人たちのコロナに対する身構えが多分に影響している。それは、おそらく日本で同時代を生きた人びとの一般的態度とは相当に異なっていたと考えられる。本発表では、デリーの低中間層が集住するダウンタウンでコロナ禍がどのようなものとして経験されたかを事例として提示し、そこに巻き込まれつつなされた私自身の選択について述べる。
続いて二つ目は、上述の検討を踏まえ、ある家族にコロナ禍がどのように影響を及ぼす/及ぼさなかったかについて、家計に焦点をあてて報告する。発表者は首都デリーのダウンタウンで路上野菜販売を中心に生計を立てる農村出身の野菜売り一家と2021年6月から2022年4月の約11か月にわたって起居を共にした。メディアでは、強制的なロックダウンや商業活動に対する様々な制限のもと収入の不安定化や移動の制限に翻弄される様子が伝えられていたが、こと、この野菜売り一家からはコロナの影響で家計収入が減ったということは聞かれなかった。本発表では、家族成員それぞれがときに新たな収入源を探し、ときに親族や縁故者を居住者として迎え入れるなど柔軟な試みを重ねながら生計を維持してきた経緯を紹介し、コロナ禍という災厄と家族の関係性について検討する。