小池誠「趣旨説明」

 今回のシンポジウムは「世代間関係」というテーマに取り組む。「世代間関係」は日本の学会ではあまり聞きなれないテーマであるが、欧米ではシンポジウムの成果が論集として出版され、また「世代間の連帯(intergenerational solidarity)」という言葉で社会的な提言もなされている。このような問題設定の意義は、3つあると考える。第一に、 従来、別々のテーマとして議論されてきた、親世代の子世代に対する養育/教育という問題と、子世代の親世代に対する扶養・介護という問題を一つのパースペクティブで捉えることが可能になる。第二に、近年、日本でも議論されるようになった若者世代と高齢者世代の対立(年金問題をめぐる論争など)という政治経済的なマクロな問題と、個々の家族をめぐるミクロな問題を架橋するパースペクティブとなる。第三に、「世代間関係」は、シリーズ「家族研究の最前線」の先行するテーマ、「家と共同性」・「出会いと結婚」・「子どもと教育」・「人口政策」のすべての問題に関わると同時に、それら4つのテーマをまったく異なる視点から分析することを可能にするものである。
 シンポジウムは、以下のような4部構成をとる。最初の「世代間関係の歴史的展開」では近世から現代に至る日本の世代間関係を取り上げる。根本報告は江戸時代の萩毛利家における世代間関係に焦点を当て、大名家に独特な当主と子女との多様な関係性を明らかにする。宇野報告は明治民法下の扶養法の構造を「家」制度との関係に注目しながら検討する。冷水報告は現代民法における世代間関係を取り上げ、とくに老親に対する扶養義務と、民法改正に伴う特別寄与分の問題を論じる。第二の「現代日本における世代間関係の諸相」は家族社会学の分野から現代日本の世代間関係に迫る。村上報告は出生コーホートによる雇用機会と世帯構造、結婚・出産、資産形成、親からの援助の違いを明らかにする。中西報告はネットモニター調査の結果から、「希望」と「実現可能性」の区別に留意して若年・壮年世代の高齢者介護意識の把握に努める。水嶋報告は茨城県北部の農村部の調査から高齢者のもつ「跡継ぎ」像を把握したうえで、親世代と子世代との関わりに迫る。第三の「東アジア社会における世代間関係の変容」は急激に変わりつつある中国と韓国の世代間関係にアプローチする。鄭報告は中国都市部の調査にもとづき、子育て期の支援における親世代の「義務」と子世代の「権利」のアンバランスについて論じる。施報告は急速な都市化が進展する浙江省の農村部の調査にもとづき、世代間関係に関して住民と出稼ぎ農民工との比較研究を試みる。金報告は、韓国における伝統的な家族規範とジェンダー規範に強くとらわれた家族による扶養と介護が、急激な高齢化と子世代の扶養意識が弱体化するなか、どのように変化しているのか明らかにする。第四の「世界の多様な世代間関係」は文化人類学の分野から東アジア以外の地域における世代間関係にアプローチする。中村報告はスリランカのシンハラ農村および都市部の事例を中心に、家族による老後を支える仕組みとともに、親族ネットワークや宗教的制度など社会に埋め込まれた実践の福祉的諸機能に注目して分析を進める。増田報告は近年高齢化が進みつつあるエチオピアの事例を対象に、家族によるケア関係の実態に迫る。高橋報告は公的ケアが整備されたフィンランドの調査地における老親と子世代の関係性をハウジングに焦点を当てて論じる。