髙橋絵里香「個人的な住宅―ハウジングにみるフィンランドの世代間関係―」

第12報告「個人的な住宅―ハウジングにみるフィンランドの世代間関係―」
                                   髙橋絵里香(千葉大学)

公的ケア制度が整備された地域において、老親と子世代はどのような互酬的関係を結んでいるのだろうか。そのような関係において、人々が高齢期を過ごす住宅はどのような役割を果しているのだろうか。本発表は、フィンランドの一自治体を舞台として、生涯を通じた居住形態の変遷と住居をめぐる世代間の扶助を記述していく。特に住宅の所有と継承、そして「住むこと」をめぐって引き起こされる住宅の維持と管理の実践から世代間の互酬的関係を理解することを目的とする。
本発表で参考にしていくのが、ハウジング研究を提唱したジム・ケメニーの議論である[ケメニー 2014]。ケメニーの議論で興味深いのは、住宅の保有形態と社会保障の集合度は連関していると考えた点である。持ち家率の高い社会では政府による福祉支出の割合が大きくなり、貸家に暮らす人の多い社会では政府支出は少なくなる。スウェーデンに代表されるいわゆる北欧型福祉国家は持ち家率が低く社会保障が進展した社会であるように、人々は成人期にも借家住まいを続けることで、国家にある程度依存し続けると理解される。
ただし、ケメニーのハウジング論の舞台となっているスウェーデンと比べ、フィンランドの持ち家率は高い。これは、スウェーデンにおいては第二次大戦後に協同住宅を建設する計画が推し進められたのに対し、フィンランドでは国が提供する一戸建てを国が提供するローン計画に基づいて購入してきたからである[Ruonavaara 2018]。その意味で、協同主義的な住居所有が推し進められてきたと言えよう。
こうした社会保障制度と住宅政策の結びつきは、具体的な世代間関係にどのような影響を与えているのだろうか。調査地における高齢者の「ハウジング・ヒストリー」聞き取りから明らかになってきたのは、非常に多くの高齢者が生家を手放しているという事実である。子世代は両親とは別に自分自身の家を購入・所有しているため、世代を超えて家を相続することがほぼない。また、高齢者自身も青年期から高齢期に至るまでひんぱんな住み替えを行っている。特に高齢期には一戸建てへ住み続けることは難しく、シニアビレッジや保護住宅などのより「安全」な居住形態へと転居していく。さらに介護施設へと入居した場合は、医療保険の助成を受けるために不動産を手放してしまう。そのため住宅が世代を越えて継承されることが少なく、相続された住宅も多くが売却されてしまうのである。
一方で、住宅を維持するためにはさまざまな手入れ(雪かき、芝刈り、薪割りと薪の保管、ヒーターへのオイル補充、家の修復)が必要となる。配偶者の死亡や自身の身体的衰弱により自力での手入れが不可能になった場合は、子世代をはじめとする私的な関係者から手助けを得る。高齢者ケアが主に公的領域へゆだねられた福祉国家的状況において、子世代からの支援は主に住宅を媒介とするのである。
フィンランドでは、人々が住宅を住み替えていくことによって、国家への社会保障的な依存が維持されている。また、高齢者がどれくらい長く生き、どんな社会サービスを利用するかによって、相続の内容が大幅に異なってくる。そのため、子世代にとっては相続をめぐる期待・予見が困難な状況となる。このような不安定な世代間の互酬的関係は、住宅の個人性と深く結びついているのである。

【参考文献】
ケメニー、ジム、2014、『ハウジングと福祉国家――居住空間の社会的構築』、祐成保志(訳)、新曜社。
Ruonavaara, Hannu, Retrenchment and social housing: The case of Finland. Critical Housing Analysis.4(2): 8-18.