2020 秋季大会シンポジウム 武井報告要旨

位牌継承を儒教から考える―沖縄の4つの禁忌を中心に

武井基晃(筑波大学)

 

(要旨)

近代以降、今日の沖縄において位牌継承に関する4つの禁忌が知られている。すなわち、1.嫡子押込(チャッチウシクミ=長兄に跡を継がせないこと)の禁止、2.兄弟重牌(チョーデーカサバイ=兄の跡を弟が継ぐこと)の禁止、3.他系混交(タチーマジクイ=他の血筋からの養子)の禁止、4.女元祖(イナグガンス=女性による継承)の禁止である。これらを儒教的な家族・系譜の観念に当てはめてみると、1・2は兄弟間の長幼の序列および世代規定である(従兄弟間にもこれを該当させるイチュクカサバイもある)。そして、3は異姓不養の禁、4は父系・男系血統主義となるだろう。

これらは、琉球王国時代以来の伝統であると誤解されて伝承されているが、その実、琉球王国終焉後の近代以降に、民間において強いられ流行した禁忌である。というのも、上記のような規定を遵守させていては近世琉球の士の家系は容易に断絶してしまう。そのため、士の家譜・戸籍を管理していた琉球王府の系図座が審議の上、弟の継承も、場合によっては養子も認可していた。これらはすべて、琉球における近世(清国と冊封関係を結びつつ薩摩藩の影響下にあった時代)において成立し作成された「家譜」――士の子女の公的な戸籍と履歴書の集成――に明記されているし、系図座設置(1689年)後に実態をふまえて制定された系図座規模帳(1730年)にも規定されている。それ以前の継承はさらに緩やかであった。

しかし、そうした家譜の記載が近代以降、流行りの禁忌に照らして違反したものと子孫によって見なされてしまい、数百年も遡る家系の修正――筋正し(シジタダシ)。たとえば他系からの養子がいる場合は従来の元祖以来の家系を棄てて、その養子の実家の家系に加えてもらう――さえも発生することがある。今回の報告では、民俗学・琉球史の先行研究をふまえて、家譜史料の分析(e.g.系図座規模帳制定後において家譜に記載された長子以外の継承)、および調査事例(e.g.血筋重視のシジタダシへの抵抗と家筋の維持)を提示し、来年度のシンポジウムで予定する近世の琉球士の新たな姓・家系の成立の仕組みへと論考をつなげることを企図する。主な事例は1700年代から1800年代前半の4代にわたって連続して長兄以外が宗家を継承した、洪姓の家譜を用いる。下級官吏を代々勤め上げた家系で、特例を認めさせるような権力の無い家柄、つまり通常の範囲内での手続きの事例として位置づけられる。また大正時代に血筋に従うシジタダシを検討した上でこれを拒絶して今日に至る家系でもある。