第9報告「韓国の高齢者と世代間関係―少子高齢化のなかの家族と福祉―」
金香男(フェリス女学院大学)
韓国は2000年に高齢化社会に突入したが、2017年には高齢化率が14%となって高齢社会になった。世界に類をみない速度で高齢化が進行しているが、従来家族によって担われてきた高齢者の扶養と介護は、急速な産業化と都市化、核家族化による家族構造の変化、老親扶養意識の低下、女性の労働力率の増加、要介護高齢者の急増などの理由から困難な状況となっている。
儒教的「敬老孝親」と血縁原理を基礎とする「チプ(家)」制度のもと、家の継承者である長男が老親と同居しながら扶養・介護してきたが、いまは高齢化の進行が家族の変容とあいまって社会保障の必要性が高まっている。韓国は1997年の経済危機をきっかけに社会保障制度の急速な拡大を経験し、国民皆年金と介護保険も導入されているが、制度の未成熟により公的年金は高齢者の所得源として十分な役割を果たしていない。社会保障制度の不備を子世代が代替するか、あるいは高齢者自らが経済的に自立せざるを得ない状況にあり、韓国高齢者の貧困は非常に深刻で、貧困による自殺も多い。
「低負担・低福祉」を指向する韓国では、国家の役割が相対的に弱く、福祉供給における家族の重要性が強調されている。韓国では、子どもの教育のために親が多大な犠牲を払っているのが現状で、子どもの教育費の支出は、老後の備えができない要因となっている。一方、核家族化や価値観の変化などにより、子世代は自分たちの生活を維持していくことが精一杯で、子世代からみると、親世代の存命期間の長期化に伴う介護や扶養負担は大きい。また親世代の扶養や介護役割は、従来長男夫婦が負担すべきものとされていたが、いまは女子を含む子ども全員の負担に拡大される傾向にある。
社会文化的には、親孝行や家族互助といわれる倫理観が強調されているが、子世代による高齢者扶養と介護は、近年実態の面でも規範の面でも弱まっており、代わりに国や社会の積極的な関与を求める声が高まっている。にもかかわらず、社会保障制度は高齢者の生活を支えるために十分な役割を果たしておらず、高齢者と成人子は大きなジレンマを抱えている。近年では、親の面倒をみない子を親が訴える「親不孝訴訟」や、子を訴えるために事前に「親孝行契約書」を作成するといった動きもみられる。
本報告では、韓国における伝統的な家族規範とジェンダー規範に強くとらわれた家族による扶養と介護が、急速な高齢化と子世代の扶養意識が弱体化するなか、どのように変化しているかを明らかにする。