【日 程】2017年11月18日(土)
【会 場】神戸市外国語大学
【プログラム】
13:00~16:50ミニ・シンポジウム「高齢者介護が結ぶ日本と東南アジア諸国」
13:00~13:10 小池誠(桃山学院大学)趣旨説明
13:10~13:40 高畑幸(静岡県立大学)
「日本におけるフィリピン人介護者――結婚移民を中心に」
13:40~14:10 加藤敦典(京都産業大学)
「ベトナムからのケア労働者の『輸出』を支える女性たちの選択」
14:10~14:40 合地幸子(東京外国語大学)
「インドネシアの高齢者ケアを担う移住労働経験者」
14:40~15:10 小池誠(桃山学院大学)
「台湾の高齢者介護を支えるインドネシア人移住労働者」
15:10~15:20 休憩
15:20~15:30 青木恵理子(龍谷大学)コメント①
15:30~15:40 大和礼子(関西大学) コメント②
15:40~16:50 総合討論
【ミニ・シンポジウム趣旨】
日本の高齢化が急速に進む中で、介護分野における人材不足は深刻な問題となっている。これはもはや日本国内だけでは解決できない問題であり、2008年度から経済連携協定(EPA)の枠組みでインドネシア、続いてフィリピンとベトナムから看護師・介護福祉士候補者の受入れが始まった。また、日本人男性と結婚したフィリピン女性が介護の分野で働くケースも増えている。さらに政府は今年9月から「介護」という在留資格を創設し、専門学校などで介護福祉士資格を取得したものが日本で働くことができるようになった。さらに、この11月からは技能実習制度に「介護職」が加わる。このように、日本の高齢者介護をめぐる状況は今まさに大きく変化している。また、高齢者介護を外国人労働者に依存せざるをえないという問題は、日本に先行して台湾・香港など東アジア諸国ではすでに顕著になっている。
本シンポジウムでは、このような問題を日本だけの高齢者福祉の問題として捉えるのではなく、介護労働者を送り出し、または受け入れる、それぞれの国の高齢化と介護、つまり家族の問題として考えていきたい。それぞれフィリピン・ベトナム・インドネシア・台湾でフィールドワークを進めてきた報告者が、各自の研究地域における高齢者とそのケアの問題と、介護労働者として国外に出て行く女性たちの問題を組み合わせて論じたい。
【報告1】高畑幸(静岡県立大学)
「日本におけるフィリピン人介護者――結婚移民を中心に」
日本で医療・福祉職に就く外国人の20.3%がフィリピン人である。これは韓国・朝鮮人、中国人に次いで3番目に多い(2015年、国勢調査)。その背景には1990年代に日本人男性と結婚し定住した女性たちが2000年代半ばから介護施設や在宅介護で働き始めたことがある。
フィリピンでは1990年代からアジア諸国(シンガポール、香港、台湾)へのケア労働者の送出が始まった。その後もカナダの住み込み型介護者受入れや北欧のオペア等、ケア労働市場は拡大している。日本においては、2008年から新日系フィリピン人母子、2009年から経済連携協定による介護福祉士候補者、2015年頃から介護留学生、2017年11月から技能実習生と、さまざまな在留資格でフィリピンから介護人材が来日している。
本報告では、特にフィリピン人結婚移民の介護職への従事に焦点をあて、彼女らの定住経緯、介護職へ向かう理由、日本人介護者・利用者との葛藤、今後の課題について報告したい。1993年から2015年に発生した日比国際結婚は約15万件で、大半が日本人夫とフィリピン人妻の夫婦である(人口動態統計)。彼女らの多くは興行労働を経て日本人男性と結婚し、広く日本各地に住むようになった。日本の家族の一員として舅・姑の介護や子育てを経験したことが後の介護職で生かされた。
2008年に報告者らが行った調査(ホームヘルパー2級資格取得者を対象、190人回答)では、平均40歳の回答者が介護職へ入職する動機は金銭的利得よりも社会的評価の追求だったことが明らかになった。しかし、近年は都鄙格差が観察される。すなわち、過疎地や離島において介護職は数少ない社会保険と年金が付く安定職のため、中高年となったフィリピン人結婚移民が定着しやすい。一方、首都圏や東海地方の工業都市では、より給与が高く日本語能力を必要としない職があるため結婚移民は介護職から離れる傾向がある。現在は結婚移民自身も加齢・高齢化を迎えており、まもなく自身の病気や介護の問題に直面するであろう。
【報告2】加藤敦典(京都産業大学)
「ベトナムからのケア労働者の『輸出』を支える女性たちの選択」
2014年、日本とベトナムの経済連携協定に基づき、ベトナムの看護師・介護福祉士候補者の受入れが開始された。今後、日本で看護・介護に従事するベトナム人労働者(おそらくその多くが若い女性)が増加することが予想される。
ベトナムからの看護・介護労働者の国際的な移動に関する研究はまだ少ない。この報告では、外国で看護・介護労働に従事することになるベトナムの若い女性たち自身や彼女たちの家族のふるまいを予想するための基礎的な知識をベトナムの家族と女性に関する先行研究に基づいて紹介する。
この問題を考えるうえで最も参考になるのは、若い女性たちの大学進学や工場への就職(とくに国内)に関する先行研究である。ベトナムにおいて、未婚の女性たちは家族のなかの公式な責任(祖先祭祀や親の扶養)が少ない分、キャリア選択の自由を与えられる場合が多い。他方、ベトナムにおける家族規範では、女性たちは婚出したあとも何らかのかたちで親のケアを担うことを強く期待されている。そのため、大学進学や工場への就職を機に地元を離れる女性たちの多くは、いずれは地元に戻って結婚し、近くで両親のケアをしたいと願っている。「女性らしい」選択と認識されている文系学部への進学や縫製工場などへの就職は、彼女たちにこのようなライフコースの選択を可能にする/枠づける重要な選択肢となっている。
おそらく、日本などへの看護・介護労働者としての「労働輸出」も、若い女性たちにとっては一時的に地元を離れ、いずれ戻ってくるための選択肢として認知されることになるだろう。日本語学習という「女性らしい」分野で勉強し、看護・介護という「女性らしい」職場で専門技能を身につけ、一定期間、国外で働いてお金をためてから地元に戻って結婚し、親の近くで何らかの安定した職につくことは、彼女たちや彼女たちの家族にとって主観的にはもっとも望ましいライフコースとなるだろう。逆に日本の看護・介護労働市場にとって、このことは日本で継続して働いてくれるベトナム人看護・介護労働者の確保が難しくなるという可能性を示唆している。
【報告3】合地幸子(東京外国語大学)
「インドネシアの高齢者ケアを担う移住労働経験者」
インドネシアは、1990年代より女性の海外移住労働への関心が高まり、多くの家事労働者を海外へ送り出してきた。その中には高齢者の世話を行っていた者もいる。また、少数ながら、二国間経済連携協定(EPA)を通して、日本へ送り出される者もいる。日本はこれまで、1,500人以上のEPAインドネシア人介護福祉士候補者を受け入れてきた。さらに、介護・技能実習生(2017年11月1日施行)の受け入れを開始したため、今後日本の高齢者介護の担い手として送り出されるインドネシア人は増加するだろう。
しかし、厚生労働省によれば、平成27年までに、介護福祉士候補者では約34%が、介護福祉士国家試験合格者では約40%が帰国した。現在EPA帰国者を包摂する雇用の受け皿はインドネシア国内にはほとんどない。とはいえ、帰国者の中には、日本向け高齢者介護の人材養成を望む者がいる。あるいは、EPA帰国者の雇用を視野に入れた現地富裕層/在留外国人向けの高級介護施設も開設された。
一方、近年のインドネシアは都市化・産業化の進んだ地域から順に高齢化が始まり、最も高齢化が伸展している州では高齢化率が13%を超えた。従来インドネシアにおける高齢者の世話は家庭において家族が行うものだと考えられている。EPAおよび介護・技能実習帰国者よる母国の高齢化への貢献は、今後長期的な観察を必要とするだろう。
そのため、本発表では、多様な移住労働者送り出し国であるインドネシアにおいて、インフォーマルに高齢者の世話を行う女性の日常実践を報告する。彼女は海外家事労働からの帰国者であり、50歳を過ぎた現在も、お金が尽きると短期間国内の家事労働者として働く。同時に、家族や親族からは配偶者、老親、高齢な親族の世話を期待されている。本報告を通して、高齢者介護の担い手を送り出す国の高齢化を考えると共に、今後帰国するEPAインドネシア人を見据えた長期的な視点から、高齢者介護を通した日本と東南アジアのつながりを検討したい。
【報告4】小池誠(桃山学院大学)
「台湾の高齢者介護を支えるインドネシア人移住労働者」
台湾では同居する親の介護のために共稼ぎ夫婦がインドネシア女性など外国人労働者を雇うことが一般化している。2010年度から台湾で介護/家事労働者として働くインドネシア女性を対象として開始した調査研究に基づき、彼女らが置かれている状況を明らかにしたい。最新のデータによると(2016年12月現在)、台湾で働くインドネシア人労働者の総数は245,180人に達し、その約75%が台湾人の家庭に住み込みで働く女性労働者である。また、日本の高齢者介護をめぐる状況との比較を試みながら、台湾の高齢者介護がインドネシア女性に支えられるようになった経緯を考えたい。
台湾の法律では、外国人労働者を雇うことができるのは、75歳以上の高齢者などケアを必要とする人が同居している世帯に制限されている。彼女らは専門的な技能をもった介護労働者ではなく、おもに雇主の家庭に住み込んで高齢者の介護をするという名目で台湾に来ている。彼女らは介護以外に、食事の支度、掃除、洗濯などさまざまな家事や雇主の手伝い(店舗を経営している場合は店番など)を当たり前のように押し付けられているので、ここでは介護/家事労働者という表現を使う。契約期間は最大3年間であり、台湾政府は外国人労働者の定住化を避けるために厳しい管理体制を取っている。公的な介護施設ではなく、雇主の家庭に住込みとして働いていることが、彼女の境遇を左右している。人使いの荒い雇主の下では、365日・24時間労働に限りなく近いような境遇で働かなければならないインドネシア女性もいるし、また雇主による暴力や様々な形のハラスメントを訴える女性もいる。一方、雇主によっては介護/家事労働者との間に家族的信頼関係を築こうとする人もいる。いくつか対照的なケースを聞取りの成果から報告したい。報告の最後に、老親の面倒を誰がみるかという家族介護規範と、外部の人間を家庭内に受け入れる開放性という2点から、台湾と日本の家族の比較を試みたい。