2026年度春季研究大会シンポジウム要旨

2026年度 春季研究大会シンポジウム要旨

 

6月20日(土)

10:00~ 開会挨拶

シンポジウム「LGBTQ+と家族」 総合司会 土屋敦(関西大学・会員)

第一部 歴史と比較から見たLGBTQ+のリアル

13:00~13:30 第一部総論:家族の変容とLGBTQ+の権利保障―性別二元制と異性愛主義の相対化へ(三成美保・追手門学院大学・会員)

(1)戦後日本社会におけるLGBTQ+
13:30~14:00 報告 戦後日本の男性同性愛と結婚・家族(前川直哉・福島大学)
14:00~14:30 報告 〈レズビアン〉と同性婚/パートナーシップ制度(赤枝香奈子・追手門学院大学)
14:30~15:00 報告 日本の反ジェンダー攻勢によるSOGI施策の分断線とその影響(神谷悠一・LGBT法連合会・会員)
15:00~15:15 補論報告 ムスリマとして、妻として、母として――両/全性愛・日本人ムスリマの差別是正に向けた家庭内での実践(梅津綾子・名古屋大学)

15:15~15:30 休憩

(2)現代アジア・アフリカにおけるLGBTQ+―政治・家族・セクシュアリティ

15:30~16:00 報告 国際社会と伝統的社会のはざまで生きるLGBTQ+:東アフリカの人びとの苦悩とストラテジー(椎野若菜・東京外国語大学・会員)
16:00~16:30 報告 性的マイノリティを「裁く」法理をめぐる闘争:インドネシアの事例から(岡本正明・京都大学)
16:30~16:45 補論報告 国家、資本、再生産:ポスト同性婚時代の台湾にみる「クィア家族」の形成とホモキャピタリズム(福永玄弥・東京大学=ビデオ出演)
16:45~17:00 補論報告 眼差しの暴力:セクシュアリティ研究と植民地主義批判(保井啓志・同志社大学)

6月21日(日)

第二部 LGBTQ+と家族規範

10:00~10:30 第二部総論:LGBTQ+と家族規範―論点整理(渡邉泰彦・明治大学・会員)

(1)LGBTQ+の家族形成権

10:30~11:00 報告 ノルウェー・スウェーデンにおける性の多様性に関する法制度(矢野恵美・琉球大学)
11:00~11:30 報告 フランスにおける親の脱性化をめぐる議論(小門穂・大阪大学)
11:30~12:00報告 日本における同性カップルと生殖補助および養子縁組・里親制度(白井千晶・静岡大学・会員)

12:00~12:15 コメント (床谷文雄・大阪大学名誉教授・会員)  

(2)LGBTQ+の人権課題と家族

13:15~13:45 報告 家族における多層的不可視性:性的マイノリティの子育ての経験を拾い集める(三部倫子・奈良女子大学)
13:45~14:15 報告 トランスジェンダーと家族主義(高井ゆと里・東京大学)
14:15~14:45 報告 トランス・テンポラリティ:性をめぐる時間の多層性とパートナーシップ(葛原千景・東京大学大学院)
14:45~15:00 コメント (二宮周平・立命館大学名誉教授)

15:00~15:15 休憩

15:15~16:25 全体討論 司会:三成美保(追手門学院大学・会員)+渡邉泰彦(明治大学・会員)

【共催】

科研費基盤研究(C)課題番号24K04511(研究代表者:三成美保)

2026年度春季研究大会 シンポジウム 「家族と暴力」報告要旨

【シンポジウム要旨】

三成美保(追手門学院大学)
LGBTQ+の権利保障は、21世紀国際社会及び日本のきわめて重要な課題である。本シンポジウムは、比較家族史学会大会全体シンポジウムテーマとしてはじめてLGBTQ+を取り上げる。全体は二部構成とし、第一部は主に性的指向に関する歴史と比較、第二部は性的指向・性自認(SOGI)に関わる個人の権利と家族規範との衝突・調整について論じる。プログラムについては、できるだけ多様な分野や観点から報告をお願いし、補論報告で最先端のトピックを補うという構成にした。比較家族史学会ならではの学際性を活かしつつ、「家族」の定義そのものを問い直し、未来を展望するという試みの一環である。多くの会員のご参加を期待したい。

【報告要旨】

第一部 歴史と比較から見たLGBTQ+のリアル

第一部総論:家族の変容とLGBTQ+の権利保障―性別二元制と異性愛主義の相対化へ

三成美保(追手門学院大学)
 本報告は、第一部「歴史と比較から見たLGBTQ+のリアル」の総論として、以下の三点を論じる。①国内外の権利保障の現状、②SOGI差別を支える歴史的背景としての性別二元制と異性愛主義、③戦後日本の家族規範との関係と今後の展望である。
 第一に、21世紀の国際社会ではSOGI差別の禁止が広がり、婚姻平等は39の国・地域、性別自己決定法は23カ国で実現している。日本でも婚姻平等訴訟で5高裁が現行法を違憲と判断し、特例法4号生殖不能要件も最高裁が違憲とした。世論の支持も高まっている。しかし、日本では法改正が進まず、家族の多様化を否定し、法律婚=嫡出親子関係を規範化する家族主義が強まっている。国際社会でも一部の国でバックラッシュが強まり、家族主義への回帰を掲げてLGBTQ+の存在すら否定する傾向が現れている。
 第二に、性別二元制と異性愛主義は19世紀西洋近代で確立した規範である。科学革命以降の身体的性差の強調や啓蒙期の性別役割論、社会契約論による公私分離が、市民=家父長男性を中心とする近代家族像を正当化した。法律婚と嫡出親子関係を基礎とする単婚小家族は国民国家の単位とされ、そこから逸脱するセクシュアリティは犯罪化・問題化された。 1970年代以降、これら二つの規範はフェミニズムやジェンダー論、ゲイ解放運動やクイア理論等によって根本的に問い直されてきた。90年代以降のジェンダー主流化の高揚を受けてEU諸国がSOGI差別解消に取り組み、法改正を主導している。
 第三に、日本では憲法24条が先進的な家族平等原則を掲げたが、高度経済成長期に日本型雇用慣行と夫稼ぎ主型家族モデル(専業主婦モデル)が定着し、性別役割意識が強固になった。90年代以降、雇用の非正規化や少子化が進み、家族が多様化する中で男女共同参画社会基本法が成立したものの、21世紀のジェンダーバックラッシュがLGBTQ+の権利保障を抑制してきた。近年は司法判断が活発化し、立法課題が明確になりつつある。法制度改革は社会意識を変える力を持つ。本シンポジウムでは、そのために必要な課題を提示したい。

(1)戦後日本社会におけるLGBTQ+

【第1報告】 

戦後日本の男性同性愛と結婚・家族

前川直哉(福島大学)
 かつて日本のゲイ雑誌の文通欄では、「カッコイイ兄貴いませんか」「可愛い弟を募集中です」といった表現が頻繁に見られた。親密な関係の相手を指す呼称として、「兄(兄貴)/弟」「父(パパ)/息子」といった、男性家族のメタファーが広く用いられていたのである。これらの呼称を用いることには、ある利点があった。たとえば「妻と兄がいる」「兄・弟が複数いる」といった状態が語法上は自然に成立するように、モノガミー規範から一定の自由を確保できたのである。
 しかし1990年頃から、文通欄などでの言葉遣いは少しずつ変化していく。「恋人」「彼氏」といった、モノガミーな関係を想起させる呼称が増加し、やがて男性家族のメタファーに取って代わるようになったのである。現在のゲイ男性にとって、同性間の親密な関係を語る際に「恋人」「彼氏」といった語を用いることは、ほとんど自明の前提となっている。
 こうした呼称の変化が生じた時期は、日本で暮らす男性同性愛者が思い描く一般的なライフコースのイメージが、大きく転換した時期とも重なる。かつては「女性と結婚し、そのうえで家庭外の男性と関係を持つ(浮気をする)」というモデルが現実的な選択肢として想定されていたが、次第に「愛し合う男性と生涯をともにする」というライフコースが理想像として浮上してくる。近年では日本でもパートナーシップ認定制度が全国の自治体に広がり、同性婚をめぐる訴訟が社会的関心を集めるなど、法制度や社会意識の面でも大きな変化が進んでいる。
 本報告では、親密な関係を指す呼称の変遷と、男性同性愛者が思い描くライフコースの歴史的変容をあわせて検討することで、戦後日本における男性同性愛と結婚・家族の関係を立体的に描き出すことを試みる。

【第2報告】

〈レズビアン〉と同性婚/パートナーシップ制度

赤枝香奈子(追手門学院大学)
 日本では2015年に東京都渋谷区と世田谷区でパートナーシップ制度が導入され、2019年には法律上の同性同士による婚姻(同性婚)を求める裁判が起こされた。アメリカの歴史学者、ジョージ・チョーンシーは著書『同性婚』において、19世紀以降、結婚は4つの根本的変化を遂げたことにより、「結婚する権利」がレズビアンやゲイ男性にとっても十分に想像可能なものとなったと述べている。その変化とは、①結婚相手を自由に選ぶ権利が人間の基本的な市民権だとみなされるようになったこと、②婚姻関係において夫と妻のそれぞれに極端に異なった役割が割り当てられることがなくなり、その結果、同じジェンダーに属する人間同士の結婚も十分に想像しうるようになったこと、③結婚という結合体は、行政や私企業の優遇措置を配分する重要な単位になったため、同性カップルを結婚から排除することは、かれらに大きな経済的・法的格差を負わせることになってきたこと、④どの宗教的集団も、自分たちが奉じる結婚のルールを他者に強要する力を大きく削がれてきたこと、である。では日本においては、どのような経緯を経て、同性婚が想像可能なものとなったのだろうか。
 本報告では、レズビアンやバイセクシュアル女性など「女を愛する女たち」に焦点を当てながら、日本に同性婚やパートナップ制度という知が広まった過程を振り返る。日本では1971年にレズビアン・サークル「若草の会」が、1970年代後半にはレズビアン・フェミニストたちが活動を始める。当時は一般雑誌で「レズビアン夫婦」などと呼ばれた女性同士のカップルが取り上げられていたが、「男役」「女役」の女性たちによって作られるそのような関係性について、レズビアン・フェミニストたちは批判的であった。1980年代半ば頃から、海外のパートナーシップ制度や同性婚に関する情報が入ってくるようになり、セクシュアル・マイノリティの間でも関心が高まっていく。1980年代のエイズ禍や1990年代のゲイ・カルチャー、レズビアン・カルチャーの盛り上がりとも関連しつつ、日本において同性婚が現実のものとして想像可能となる過程で「女を愛する女たち」が果たした役割を明らかにする。

【第3報告】

日本の反ジェンダー攻勢によるSOGI施策の分断線とその影響

神谷悠一(LGBT法連合会)
 本報告では、日本の反ジェンダー攻勢の展開が、性的マイノリティの運動にどのように分断線を設けてきたのかを、いわゆる「SOGI理解増進法」の制定過程の議論を参照して検討するものである。
 近年、国際的な「反ジェンダー攻勢」が強まっているとの指摘がなされている。反ジェンダー攻勢は、フェミニズム運動や性的マイノリティの運動内部の対立を利用し、それらの容認できる主張を擁護する一方で、容認できない主張を排除することが一つの特徴であるとされる。日本の2000年代のいわゆる「ジェンダーバックラッシュ」でも「女性」の分断の企図が報告されている。
 本報告では、日本の反ジェンダー攻勢の展開が、SOGIに関連する運動へどのように分断線を設けてきたのかを検討するものである。これは体系的な分析と比較研究が早急に求められるとされる反ジェンダー攻勢へのフェミニストや性的マイノリティの抵抗の方途を探ることにつながるものである。
 反ジェンダー攻勢は、伝統的な家族規範の崩壊への危機感から、反同性婚の主張、および同性婚につながりうる差別を禁止することに反対してきているが、一方で性的指向・性自認に関するいじめ対策や理解増進については一定程度擁護する様が見られる。また、反ジェンダー攻勢は、日本の男女共同参画社会基本法に基づく性別にかかわらない平等や、制度や慣行の変革を敵視してきたことから、SOGIに関連するテーマにおいても、同様の取り組みへの警戒を表明している。
 このような反ジェンダー攻勢は、男女共同参画とSOGIの政策や行政機構の分離をもたらしていると考えられ、第三次男女共同参画基本計画以降顕著になった、自治体の男女共同参画におけるSOGIの取り組みを鈍化させるとともに、中央省庁における男女共同参画とSOGIの政策の分離をもたらしたと考えられる。これらは、既存の男女共同参画行政と一体的に、SOGIに関する施策のジェンダー規範や家族規範への影響の把握困難にするものと捉えられる。

【補論報告】 

ムスリマとして、妻として、母として――両/全性愛・日本人ムスリマの差別是正に向けた家庭内での実践

梅津綾子(名古屋大学)
 本報告の目的は、両性愛者や全性愛者(両/全性愛者)を取り巻く社会的課題を踏まえて、日本人両/全性愛ムスリム女性(ムスリマ)が、外国籍夫やムスリム・コミュニティ(MC)との間に抱える困難と、その克服に向けた家庭での実践とその意味を明らかにすることである。
 両/全性愛者は、性的少数者集団の中でも議論の中心となるゲイやレズビアンといった同性愛者と異なり、不可視化・周縁化される歴史を辿ってきた。例えばかれらは、性的多数派の異性愛者に加えて同性愛者からも、「一人のパートナーでは満足できない」、「(単性愛への)移行期である」、あるいは異性婚が可能であることを理由に「当事者(性的少数者)ではない」といった誤解・偏見を受けてきた。ムスリムの両/全性愛者は、イスラームにおける同性愛への激しい批判の陰で一層周縁化されている。イスラームにおける同性愛批判は、中世以降の中東地域の歴史・文化的背景に起因すると共に、西洋文化の世俗性の流入と共に広まった「西洋の病気」として同性愛が捉えられることに拠り広まってもいる。こうした信徒による差別・偏見・迫害に対して、世界の同性愛(そして両性愛)ムスリムは、2000年頃より出版物等を通して声を上げてきた。
 日本国内においても、多数派の外国籍ムスリムに加えて、日本人信者も増加傾向にあり、その中にはLGBTQ+ムスリムもいる。しかし日本のMCにおいても性的少数者への差別・偏見はあるため、その存在は不可視化されがちである。本報告では2人の既婚の両/全性愛ムスリマが、家庭やMCにおいて直接的/間接的に受けてきた性差別や偏見の現状(困難)、および外国籍夫との対話やわが子へのカムアウトと性的多様性に関する教育のあり様(家庭での実践)を紹介する。それにより、不可視化・周縁化されがちな両/全性愛信者は、異性愛結婚が可能であるがゆえに、当事者の存在を可視化し、家庭内のホモフォビアに変化を起こしうる存在となっていることを明らかにする。

(2)現代アジア・アフリカにおけるLGBTQ+―政治・家族・セクシュアリティ

【第1報告】 

国際社会と伝統的社会のはざまで生きるLGBTQ+:東アフリカの人びとの苦悩とストラテジー

椎野若菜(東京外国語大学)
 本発表は、東アフリカ(ケニア・ウガンダ)を中心に、LGBTQ+と家族の関係のありかたの一端を社会人類学的に検討するものである。現代の東アフリカには、父系男系に基づく社会が多く存在する。19世紀末からのイギリス植民地化以前には、より柔軟な社会構造だったと考えられるが、植民地政府による税制や土地政策によって、父系男系制が強化された。また慣習的規範として異性愛に基づく明確な性別役割があり、ほぼ全員が結婚する皆婚社会であるため、未婚者や慣習的規範にそぐわない生き方は周縁化されてきた。
 このような社会構造の中で現代アフリカでは、国際的に「LGBTQ+」というラベルが創出され政治的に注目されることで、当時者である人びとは法的・社会的により厳しい状況に置かれるようになっている。南アフリカのように、アパルトヘイトが長く存在した反省から、例外的に法的には権利保障が進んだ国をのぞき、アフリカの多くの国では同性愛行為が犯罪とされ、ウガンダなどでは重い刑罰が科されることが知られている。ただここで重要なのは、これらの規制や罰則がアフリカによる「伝統的価値観」のみから生じたのではなく、イギリス植民地期に植民地法として導入されたソドミー法やキリスト教宣教師の道徳観に由来する点である。さらに近年は、アメリカ福音派など保守的な外部の宗教的・政治的影響も大きく加わることになり、反LGBTQ+的言説が強化されている。
 アフリカの人びとは植民地化以降、つねに外からの政治的、文化的圧力によって、自らの立ち位置や行動規範によって迫られる間「between-ness」にいる。とりわけジェンダー・セクシュアリティに関わる諸問題のなかでもLGBTQ+については家族制度、植民地主義、宗教、国際政治が交錯する高度に政治的な領域に位置づけられ、人びとはアフリカの伝統的規範とグローバル・ジャスティスの狭間で揺れ動きながら生きている。本発表はいくつかの事例をもとに、アフリカ社会において当事者が抱える問題やその周辺、また生きるためのストラテジーの特徴を明らかにしたい。

【第2報告】

性的マイノリティを「裁く」法理をめぐる闘争:インドネシアの事例から

岡本正明(京都大学)
 東南アジアは大きな社会変容を遂げている。比較的長期にわたる経済成長により、都市化、中間層の台頭が起き、急速なデジタル化・AI化がさらなる社会変容を生み出している。国家と社会の関係、個人と家族の関係が大きな揺らぎを見せ、性のあり方もオンライン、オフラインで議論を呼んでいる。20世紀後半までの東南アジアでは、資本主義体制であれ社会主義体制であれ、権威主義的な体制であり、家父長的な家族像が国家の統治スタイルとも連動していることが多かった。しかし、グローバリズムを伴う市場経済化、国によっては民主化が進展する過程で、男女関係のあり方、性のあり方の再考が始まっている。こうした状況にあって、性的マイノリティをめぐる政治社会状況も大きく変化している。タイのように同性婚を合法化して国家として包摂するような国もあれば、マレーシアのように性的マイノリティの排除を進める国もある。本発表では、イスラーム圏のなかでも寛容なムスリムが多いとされてきたインドネシアに着目する。20世紀後半に民主化した後のインドネシアでは、性的マイノリティの活動が自由化するかにみえたが、2010年半ば以降、急速に国家イデオロギーであるパンチャシラ、イスラーム倫理の名のもとに政治の道徳化が進み、性的マイノリティへの国家的抑圧、社会的排除や敵対が強まってきた。本発表では、こうしたダイナミズムが顕著に現れた刑法改正過程に着目する。インドネシアの刑法はオランダ植民地時代のものが使われ続けてきたが、1998年の民主化後、改正機運が高まった。2019年に改正案が成立しかけたものの、学生たちが同法案に含まれる婚外性交禁止、大統領侮辱罪といった条文に反発したことから、法案成立は延期となった。しかし、根本的な変更がないまま、2022年12月に改正刑法が国会を通過し、2026年1月から施行段階に入った。改正後の刑法は同性間性行為のような行為を違法化するのではなく、異性愛にもとづく婚姻を通じた家族のみを正当な主体とすることで、間接的に性的マイノリティを裁く法理として機能している。本発表では、この刑法改正過程を分析し、間接的な性的マイノリティ排除の法理がいかに構築され、どのような社会的帰結を持ち始めているのかを明らかにする。

【補論報告1】

国家、資本、再生産:ポスト同性婚時代の台湾にみる「クィア家族」の形成とホモキャピタリズム

福永玄弥(東京大学)
 本報告は、同性婚法制化後の台湾におけるクィア家族(queer family)の形成に注目し、同性カップルの再生産をめぐる制度的・経済的構造の再編を批判的に考察する。台湾における同性婚の法制化(2019年)は「婚姻平等」の達成を意味せず、それゆえ既存の法制度との不整合性が新たな問題として可視化された。2007年に制定された「人工生殖法」は異性間の既婚カップルに限って生殖補助技術(Assisted Reproductive Technology)の利用を認めており、婚姻状態にある同性カップルは依然として制度から排除されている。本報告では、制度外で生殖補助技術を利用してきたレズビアンカップルや、海外で代理出産を実施したゲイカップルの事例分析をとおして、「クィアな再生産(queer reproduction)」の国家による排除とグローバル市場による包摂が単に併存しているだけでなく、共犯関係を結びながら二重構造が成立していることを明らかにする。こうした構図は、性的マイノリティが国家制度ではなく市場をつうじて包摂される構造を示す「ホモキャピタリズム(homocapitalism)」の概念によって捉えることが可能である。さらに、再生産の金融商品化と倫理的代理出産をめぐる議論を整理し、「生殖の正義(reproductive justice)」の視点が、クィア家族の制度的排除と市場依存に抗する重要な概念であることを提示する。

【補論報告2】

眼差しの暴力:セクシュアリティ研究と植民地主義批判

保井啓志(同志社大学/人間文化研究機構)
 本企画「LGBTQ+と家族」の「アジア・アフリカのLGBTQ+」部会の位置づけは、その直前のパートが歴史を取り扱っているのと対照的に「地域的視野を取り入れる」という問題意識に立脚したものである。「LGBTQ+と家族」という企画の論点を時間的・空間的に網羅するために設定されたこの部会は、「世界各国の事例の比較」としての性格を帯びているものと理解される。このように、世界各国のLGBTQの状況を網羅的に理解しようとする、あるいはそれに寄与すべく一連の研究群のことを、筆者は、「万国博覧会型セクシュアリティ研究」と呼ぶことにし、その植民地主義的前提を明らかにし、批判的に検討することを本報告の目的とする。
 本報告では、まず、セクシュアリティ研究/クィア研究にポストコロニアリズムの立場から本質的な批判を向けてきたジョゼフ・マスアド(Joseph Massad)の主張を整理したい。そして、ジャスビル・プア(Jasbir Puar)をはじめとしたクィア理論の論者が、これらの批判を踏まえ、セクシュアリティと植民地主義の交差について応答してきたのか、マスアドの批判の影響を論じる。その後、マリア・ルゴーネス(Maria Lugones)の植民地/近代ジェンダー体系論やダニエル・ボヤ―リン(Daniel Boyarin)のColonial Dragの概念を踏まえマスアドの批判を整理する。これらの一連の主張を踏まえることで、あるカテゴリーが地域や時代を超えて伝播・拡散する際、そのカテゴリーの伝播自体が社会的文脈と関係性の中で可能になっていることを確認し、そのような伝播を可能にする権力関係を帯びた社会的文脈と関係性を自明視しない「セクシュアリティ研究」の必要性を主張する。

付記:本研究は基盤研究(B)「現代の多様化と多様性尊重をめぐるムスリム・コミュニティの課題とその解決方法の研究」(代表:後藤絵美、24K03160)の成果の一部である。

 

21日(日)

第二部 LGBTQ+と家族規範

二部総論:LGBTQ+と家族規範―論点整理

渡邉泰彦(明治大学)
 第2部の、LGBTQ+と家族規範家族規範の始めに、日本の現状を法の観点から概観する。多岐にわたるテーマを対象としていることから、それぞれについて詳細に説明することはできないことをあらかじめ断っておく。
 日本の裁判でLGBTQ+の問題が多く扱われるようになったのは、ここ10年程度のことにすぎない。法律、裁判例(判例)において示されるルールから現在の日本における家族規範の枠組について、lege lata (存在する法)を整理しするものであり、lege ferenda (将来あるべき法)の方向性についてはその後の報告に委ねたい。
 本報告では、1)同性カップル、2)同性カップルと子の関係、3)トランスジェンダーと子の関係という問題を取りあげる。これまで、夫婦による婚姻、父母による両親を前提としてきた法制度に対して、それとは異なる多様な家族への対応が求められている。
 1) 同性カップルでは、同性間の法律婚が認められるのか、あるいは事実婚としてどのような保護があるのかが問題となる。
  2)同性カップルと子の関係は、裁判例で争われているわけではない。前提として、日本においては縁組を用いることで、同性カップル双方と子の法的な親子関係は設定できる。また、同性婚の訴訟(結婚の自由を全ての人に訴訟)の判決では、実親子関係を設定する規定(嫡出推定)が同性カップルにも適用されるのかが、婚姻を認めるか否かの重要な論点となっている。
 3)トランスジェンダーと子の関係として、日本の性同一性障害特例法は、未成年の子の親が性別を変更することを忌避し続けてきた。それでも、判例により、トランスジェンダーと子の間の法的な親子関係が認められている。出生時の生物学的性別と、その後に変更した法的な戸籍上の性別とが異なる場合に、法的な親子関係をどのように考えるかが問題となる。

(1)LGBTQ+の家族形成権

【第1報告】

ノルウェー・スウェーデンにおける性の多様性に関する法制度

矢野恵美(琉球大学)
 本報告では、ノルウェー・スウェーデンにおける性の多様性に関する法制度を日本の状況と比較しながら以下の3点に関係して報告する。又、性の多様性に関する教育についても簡単に紹介する。

・婚姻(スウェーデン)
 スウェーデンにおいては現在、性別による区別のない婚姻制度、同棲制度をもっている。性別による区別のない婚姻制度、同棲制度に至るまでの経緯と両者の違いについて報告する。

・生殖補助医療・養子(ノルウェー・スウェーデン)
 生殖補助医療の利用可能範囲、養子制度のあり方と問題点について報告する。

・性別変更(ノルウェー・スウェーデン)
 両国とも、法的性別変更のための要件から手術要件がなくなっている。とりわけノルウェーにおいては2016年の法改正において6歳から性別変更が可能となっている。一方で、両国とも個人番号の偶数・奇数が性別と紐づけられているため、性別変更に関する負担もある。スウェーデンについては、法的性別変更に手術要件を要求していたことに関する国家賠償を期間限定で行った。これらについて報告する。

・教育
 両国において性の多様性の尊重はどのように教育に浸透しているのか、実例を挙げて報告する。
 上記の内容について日本の状況と比較しながら検討し、日本が今後どのように性の多様性を尊重していくべきかも検討したい。

【第2報告】 

フランスにおける親の脱性化をめぐる議論

小門穂(大阪大学)
 家族が多様化するなかで、公的な書類における「親」の表記をめぐってどのような変化がありうるだろうか。本報告では、「親の脱性化」を、親であることと父性・母性という性別カテゴリーに必ずしも還元しない方向への再編とし、フランスにおける制度の変化と、それに伴う親の脱性化をめぐる議論を手がかりに検討する。
 フランスでは、2013年に同性婚が容認された。同性カップルによる子育てが可視化されるなかで、2019年の教育制度改革法案の審議の際に、家族の多様性を反映させるために、学校に提出する行政書類における「父」「母」という表記を「親1」「親2」へと置き換える修正案が提出され、物議を醸した。
 2016年には、21世紀司法の現代化法が、外科的手術なしに法的性別を変更することを容認した。トランス女性が妻の出産した子の「出産者でない母」として子の出生証書に記載されることを求め提訴した事案では、2018年にモンペリエ控訴院は「生物学的親」という記載を認めた。父でも母でもない親のカテゴリーとして注目されたが、破毀院はこれを認めず、2022年、母親として出生証書に記載されることになった。「母」概念の再解釈による解決が図られたのである。
 2021年には、生命倫理法が改正され、従来の男女のカップルに加えて、女性同性カップルと独身女性も生殖医療を受けられるようになった。女性同性カップルについては、出産していない側の女性と子の親子関係構築が争点となったが、生殖医療を受ける前に共同認知の書類も提出することで、母子関係が確立されることになった。従来認めてこなかった二重の母子関係が容認されたのである。
 フランスの状況からは、親の脱性化が直線的に進んでいるのではなく、親を性別から切り離す試みと、「父」「母」の枠組みを維持しつつ再解釈しようとする試みが交錯していることが見えてくる。本報告では、その交錯がどの場面で促進され、どの場面で抑制されるのかを検討したい。

【第3報告】

日本における同性カップルと生殖補助および養子縁組・里親制度

白井千晶(静岡大学) 
本報告では日本における「親になること」に対する要件をLGBTQの視角から明らかにする。
 日本においては特別養子縁組に婚姻要件があることから、婚姻できない/しない人は特別養子縁組ができない。里親については婚姻要件はないが、報告者が実施した児童相談所調査では、里親認定・委託の消極性が明らかになっている。
 シングル、同性カップル、トランスの人の中には、精子提供や卵子提供、代理懐胎によって親になることが可能な人もいるが、日本ではいわゆる第三者が関わる生殖技術に関する法律がなく、実施や支援は消極的である。法律がない中で、日本産科婦人科学会は独自のガイドラインにおいて、法律婚夫婦の精子提供のみ認めてきた。2025年2月に参議院に提出された「特定生殖補助医療法案」は、精子提供および卵子提供を法律婚夫婦に限定するとともに、違反者の罰則、国外犯規定を設けた。2025年3月に日本産科婦人科学会がガイドライン改定案を公表したが、ここでは卵子提供を認めると同時に、いずれも法律婚に限定した。無配偶者が出産した場合に、父子推定が働かず、認知の恐れがあることを根拠に、法律婚を要件にし、親子関係をめぐる法の制定を求めた。
 こうした環境においても、親になる実践は多様化しているが、法制度と実践の乖離が大きくなるにつれ、個人の不利益も明らかになっている。
 本報告では、親になる経路について、法律婚を要件とすること、および法律婚に異性を要件とすることの妥当性について、形式要件の妥当性を含めて議論したい。
注:シンポジウムタイトルに合わせて、暫定的にLGBTQという用語を使用する。

(2)LGBTQ+の人権課題と家族

【第1報告】 

家族における多層的不可視性:性的マイノリティの子育ての経験を拾い集める

三部倫子(奈良女子大学) 
今日、性的マイノリティ(Gender and Sexual Minorities)は、婚姻の平等を求める運動や、自治体におけるパートナーシップ/ファミリーシップ宣誓制度の導入も相まって、徐々に可視化されてきているが、それはある一定の角度から成されたものであり、常になんらかの不可視性を伴っている。
 性的マイノリティの子育ては、「新しく」登場した「多様な家族」として報道されたり、紹介されたりする。それがゆえに「伝統的家族を壊す」などと非難の矛先が向けられたりもする。しかしながら、性的マイノリティは古今東西様々な形で存在しており、既存の家族の中においても生きてきており、突然に登場したわけではない。
 本報告では、そうした不可視性をかいくぐる試みとして、子どもを育ててきた性的マイノリティを対象に過去に実施した調査の再分析を行う。取り上げるのは、1)異性愛関係(婚姻含む)を介して子どもを産み・育ててきた経験、2)子どもを産んでいないパートナーの経験、3)シスジェンダーではないカップルの経験、である。
 これらの調査はいずれも10年以上前に実施されており、この世帯で育った子どもたちは既に10代となっている。親の立場にある性的マイノリティへのインタビューの分析を通して、家族という文脈で不可視化されてきた子育てについて考察を深め、今日の議論になんらかの示唆を提供したい。

【第2報告】

トランスジェンダーと家族主義

高井ゆと里(東京大学)
 本報告では、トランスジェンダーと家族主義の関係について扱う。トランスジェンダーとは、出生時に指定された性別で生きることが何らかの意味で自分の人生と両立していない人々のことであるが、そうした人々の経験する社会的・法的障壁を理解するためには、家族主義との関係を捉えることが重要である。
 本報告では第一に、日本におけるトランスジェンダーの人々の法的性別変更の手続きを定めた「性同一性障害特例法」を批判的に検討する。同法は、性同一性障害であるとの診断を医師から受けていることを前提として、性別変更を可能とするための5つの要件を定めているが、5要件のほぼ全てが、ある種の家族のあり方を前もって排除するための機能を期待されて設けられたものである。
 もちろん、家族のあり方がその構成員の性別のあり方に大きく規定される以上、こうした家族主義が法的性別変更要件の土台となっていることは驚くに値しない。しかし、昨今裁判所の決定などを通じて注目を集めることの多い「特例法」を、そうした家族主義の点から批判的に検討することは、トランスの人々の経験する障壁を多面的に理解するうえで意義をもつ。そこではまた、法制定直後にいわゆる「子なし要件」撤廃のために活動した当事者団体の主張なども参照したい。
 本報告では第二に、反ジェンダー運動に目を移す。反ジェンダー運動は、SRHRが国際社会で人権の理念として確立しつつあった90年代半ばに始動した国際的な政治動向である。当時は同性愛の承認と中絶へのアクセスが反ジェンダー運動の主たる標的だったが、2010年代後半以降、その主たる標的は明確にトランスジェンダーへとシフトした。反ジェンダー運動は、当該国内の家族のあり方を規定する家族主義をベースにしているが、そうした反ジェンダー運動がトランスジェンダーの存在と権利を現在攻撃対象としていることの意味を、報告の後半では簡単に検討したい。

【第3報告】

トランス・テンポラリティ:性をめぐる時間の多層性とパートナーシップ

葛原千景(東京大学大学院)
 本報告は、非規範的な性別を生きる人々のライフコースとパートナーシップを時間の多層性という概念的尺度を用いて再定式化する。従来、性別を移行する人々の物語は、「間違った身体」を「正しい身体」へと回復するという未来に向かう直線的な時間軸で語られてきた。この「間違った身体」のナラティヴは、多数派や医療制度に対しての理解可能性を高める一方で、そのマスターナラティヴにそぐわない経験や語りの正当性を矮小化しうる。他方で、規範的なライフコースから逸脱し、非直線的な人生の軌跡を描くことを、社会への抵抗としてある種楽観的に称揚することは、その軌跡の内部にある複雑性や摩擦を捨象する危険性を伴う。さらに、自己と社会における間主観的な性を捉えるにあたっては、閉じられた個人だけでなく、規範や制度との関わりや、パートナーや家族をはじめとする様々な他者の存在による影響を無視することはできない。ゆえに、単純化された語りに押し込めることなく、性をめぐる時間の多層性を提示することが本研究の目的である。 
 本発表では、現代の英語圏における当事者の語りを読み解き、クィア理論・批判的障害学におけるテンポラリティ論の射程から、性をめぐる時間の多層性を以下の4つの次元から定式化する。第一に「関係性」、すなわち社会・他者との関係性によって生じる時間。第二に「連続性」、すなわちそれまでの自己や周囲の記憶・記録との関わりによって生じる時間。第三に「方向性」、すなわち永続的で明確に定まった一つの目的地に向かうとは限らず、かつ停滞・迂回・蛇行・逆行を伴う時間。第四に「伸縮性(ペース)」、すなわちクロノロジカルな時間や、社会における規範的なライフコースとの非同期・遅延によって生じる時間。こうした多層的な時間の混交に着目し、非規範的な性別を生きる人々の複雑な経験の軌跡を考察する。

プロフィール

【シンポジウム報告者】

三成美保(みつなりみほ):追手門学院大学教授・ジェンダー法学、ジェンダー史
前川直哉(まえかわなおや):福島大学准教授・近現代日本のクィア史
赤枝香奈子(あかえだかなこ):追手門学院大学教授・社会学、ジェンダー・セクシュアリティ研究
神谷悠一(かみやゆういち):LGBT法連合会事務局長・セクシュアリティ、労働政策
椎野若菜(しいのわかな):東京外国語大学・准教授、社会人類学、東アフリカ民族誌
岡本正明(おかもとまさあき):京都大学・教授、東南アジア地域研究
渡邉泰彦(わたなべやすひこ):明治大学・教授、民法、家族法
矢野恵美(やのえみ):琉球大学・教授、ジェンダー法、北欧法
小門穂(こかどみのり):大阪大学・准教授、生命倫理、科学技術社会論
白井千晶(しらいちあき):静岡大学・教授、家族社会学、医療社会学
三部倫子(さんべみちこ):奈良女子大学・准教授、社会学
高井ゆと里(たかいゆとり):東京大学・特任研究員/一般社団法人Tネット、倫理学、トランスジェンダー研究
葛原千景(くずはらちかげ):東京大学大学院・博士後期課程、フェミニズム理論、クィア
理論

【補論報告者】

梅津綾子(うめつあやこ):南山大学・非常勤研究員、名古屋大学学術産連本部(URA)・文化人類学、日本のイスラーム文化研究
福永玄弥(ふくながげんや):東京大学・准教授、地域研究(東アジア)、クィア研究
保井啓志(やすいひろし):同志社大学・学術研究員/人間文化研究機構・研究員、イスラエル・パレスチナ研究、クィア理論

【コメンテーター】

床谷文雄(とこたにふみお):大阪大学・名誉教授、民法、家族法
二宮周平(にのみやしゅうへい)・立命館大学・名誉教授、家族法

【司会】

土屋敦(つちやあつし):関西大学・教授、家族社会学、歴史社会学